動態保存されているリミニ - サンマリノ鉄道
サンマリノ共和国では、ただ観光をしていただけではない。懐かしの乗り物もチェックしている。
第2次世界大戦中の1944年、英軍機の誤爆(サンマリノは中立国だった)がきっかけとなり、開業からわずか12年で運転休止となった悲運の鉄道リミニ - サンマリノ鉄道。
最近になって、保存会の努力で電車1両が動態保存され、短い区間でときどき運転会をしていると聞いて訪ねてみた。
バスターミナルのこの看板を見ると、どうやらここが昔の駅の跡だったということがわかった。
旧市街に向かう観光客に背を向けて歩くこと2、3分、怪しいトンネルが見えてきた。
しかし、ここに停まっているはずの動態保存の電車の姿が見えない、ということは、このトンネルの向こうにいるのか。
標識を見ると立入禁止に見えるけれど、よく見ると「上のシグナルが点滅しているときは通行禁止」とある。
逆にいえば、点滅していないから立ち入っていいと解釈した。
おそるおそるトンネルに入って先に進むと、素彫りの部分もあって、ちょっとおどろおどろしい。
戦時中には、このトンネルないに避難して暮らしたイタリア人も多いとのことだ。
5分以上歩いてかなり心細くなったころ、ようやくトンネルの出口が見えてきた。
予想通り、動態保存されている電車AB03号がここに停まっていたのだった。
保存協会の会員らしき男女2人がいて、床下やらなにやらチェックしていた。
車内を覗いてみると、一等席らしき立派な座席も見える。
これは反対側の車両前面。
貨車も保存されていた。右に写っているのは保存会の人。
バスターミナルには台車も保存tされていた。
ふもとにはもう1両、高架橋上にAB51号車が静態保存されている。旧市街から見えたけれども、時間と体力がなくていけまなかった。
それにして、山の上までどうやって走っていたのか不思議だ。
ラックレール式(アプト式など)ではなかったようで、ループ線を描いて登ったようである。さっき歩いたトンネルも、そのループ線の一部だったらしい。歩いているだけでもわかるほど、かなりの勾配だったのが印象的だった。
保存協会のサイトによると、将来はさらに長い距離を走らせたいとのことだ。
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