フェリーニ監督の故郷に寄り道
サンマリノからの帰り、バスから鉄道への乗り換えとなるリミニ(リーミニ)でひと休み。
リミニといえば、映画監督フェデリコ・フェリーニ(原音に近いのはフェデリーコ・フェッリーニ)の出身地にして、名作『アマルコルド』の舞台となった町だ。
もっとも、一般的にはアドリア海沿いの保養地としてのほうが有名。
15年ほど前にやはり乗り換えで1時間ほど徘徊したことがあったが、そのときは乗り換え時間を利用した1時間ほどの駆け足で町をめぐった。
今回も乗り換えのついでだが、もう少し長居をすることができた。
駅から中心部に行く途中、いかにもファサードが未完成という感じのマラスティアーノ教会 Tempio Malatestianoの前を通りかかる。
日本語にすれば教会だが、イタリア語ではChiesa(キエーザ)でもBasilica(バジリカ)でもなくTempio(テンピオ)、つまり神殿であるのが珍しい。
異教的(カトリックにとって)な要素が多いため、あえてそう呼ばれているのだとか。
設計は、ルネサンスの万能人レオン・バッティスタ・アルベルティら。私が中学生のときに教科書のほんの3、4行の記述を読んで憧れた人だった。
駅から10分ほど歩くと中心部に至る。旧市街の中心部にあるトレ・マルティリ(3人の殉教者)広場。
この周辺は15年前と同じく、いやそれ以上に人でごったがえしていた。
外国人観光客はほとんどが欧米人で、アジア系は目にしなかった。
旧市街の東側にあるアウグストゥスの凱旋門。古代ローマの凱旋門のなかでも現存する最も古いものという話。
トレ・マルティリ広場の東端に立つユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)の像。
そう、この町の近くにはルビコン(ルビコーネ)川が流れているのだ。もっとも、かなり小さな川なので、本当にそこをカエサルが渡ったのかも不明だという。
教会では結婚式があった模様。ピチッとしたカッコいいスーツに身を包みつつ、なぜか真っ白のスニーカーをはいた新郎みずから、いろいろと仕切っていた。
フェリーニの残影を探していると、中心部にシブい映画館があった。フルゴール映画館 Cinema Fulgorといって、フェリーニが子ども時代に足しげく通ったらしい。
裏の建物にはフェリーニ博物館があるというが、夕方5時までの営業なので入ることはできなかった。
町随一の観光ポイント、旧市街の西側にあるティベリオ・アウグスト橋。
アウグストゥス帝の時代に着工し、ティベリウス帝の西暦21年に完成。いまもその姿を残している貴重な橋である。
ティベリオ・アウグスト橋を歩いて散歩する人びと。
テラスで食前酒スプリッツを飲みながら、ぼんやりと眺めていた
町の中心部の本屋で見た日本マンガコーナー。これは一部に過ぎず、この5倍くらいの棚があった。
駅で見つけたフェリーニ監督の残り香。あの有名な映画「道」ですね。
« 動態保存されているリミニ - サンマリノ鉄道 | トップページ | ルネサンス文化が花開いたラファエロの故郷ウルビーノ »
「イタリアの旅 北から南まで」カテゴリの記事
- ルネサンス文化が花開いたラファエロの故郷ウルビーノ(2026.06.06)
- フェリーニ監督の故郷に寄り道(2026.05.31)
- 動態保存されているリミニ - サンマリノ鉄道(2026.05.30)
- 観光客であふれる崖上の共和国サンマリノへ(2026.05.28)
- セニガッリアで出会ったオタクの祭典(2026.05.26)
« 動態保存されているリミニ - サンマリノ鉄道 | トップページ | ルネサンス文化が花開いたラファエロの故郷ウルビーノ »





















コメント