中世の城壁に囲まれた丘上都市コリナルド
ファーノをペースキャンプとした町歩きの初日は、中世の城壁に囲まれたコリナルド Corinaldo。
10世紀ごろに町の基礎が築かれたのち、現在の城砦の堅固さからもわかるように、とくに14世紀から17世紀ごろかけて、さまざまな名家や領主による抗争があったという。
だが、今ではマルケ州内陸のなだらかな丘陵に位置する平和で静かな町となっている。
アドリア海沿岸を走る幹線のローカル列車に乗って20分ほど南下。セニガッリア駅前から、日中1~3時間に1本ほど出ているバスに乗り換えて、マルケ州の丘陵地帯をアップダウンしながら走ること約50分。目的地のコリナルドに着いた。
「ここで降りるのがいい」と運転手にいわれて、城砦のふもとのバス停に降り立ちました。
バス停のある新市街から旧市街を見上げる。
この城砦のなかに町があるなんて驚きである。どこから入ればいいのかと思って近づいてみると、どうやら写真右下に見える坂道を登って旧市街に入っていくらしいことがわかった。
スロープを登ると、こんなサンタマリア・デル・メルカート(市場の聖マリア)門が目の前に現れる。
これは、どう見ても単なる城の門だ。これが町の入口だなんて。
門をくぐって右に曲がると、目の前に階段が出現した。スカリナータ・デル・ポッツォ・デッラ・ポレンタ Scalinata del pozzo della polentaといい、日本語にすれば「ポレンタの井戸の階段」「ポレンタの井戸がある階段」である。
井戸は、写真中央の人が写っている右側にある。この井戸は15世紀に造られたもので、かつて粉ひき職人がこの井戸にトウモロコシの粉を落としたところ、粉が水と混ざってポレンタになったという民話があるそうだ。
階段の上から見るとこんな感じ。シチリアのカルタジローネを思い出させる。
ポレンタの井戸が、画面中央に見える。
丘の上に築かれた旧市街は、町全体が美術館のようである。
三角形の町なので方向感覚が狂うのだが、300mも歩いたら町のへりまでたどりつくので問題ない。
ひたすら狭い路地を右へ左へと、ぶらぶら歩き続けた。
旧市街を歩き疲れたところで城壁から出てみると、穏やかなマルケの丘陵地帯を見わたすことができた。
平和な町に見えるが、現代史も刻まれている。
町のメインストリート(といっても幅6mほどの狭い道)である1944年8月10日通りは、ナチス・ドイツ軍からコリナルドが解放された日にちなんで名付けられたもの。
1902年に11歳で命を絶たれた少女マリア・ゴレッティに捧げられた聖マリア・ゴレッティ聖堂。
イタリア人は、コリナルドという地名を聞くと彼女を思い浮かべるらしい。
彼女について詳しくは、こちらを。
正面に肖像画が飾られている。建物は工事中で入れなかった。
この町でも夕方になるとオヤジ軍団が集合。おばさんもまじっている。
ここはクルマが入れる町の裏側。夕方になると、小さな旧市街の通りに面した店々も、ようやく開きはじめる。
道が狭すぎてバスは旧市街には入れないので、町をぐるりと一周する。便によって停車するバス停が違うので要注意だ。
ここは町の裏門にあたるポルタ・ヌォーヴァ Porta Nuova(新しい門)
地元住民の自家用車は、ここを出入りできる。
それにしても、帰りのバスがちゃんとやってくるとほっとする。
イタリアでは、いくら心配してもしすぎることはないからだ。
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