町の北部に昔の町並みが残る商都・米子
[鳥取県米子市]
山陰道めぐりを終えて宿泊地米子に帰還。米子は山陰地方の中央に位置する人口15万人近い商業都市で、私にとって地方中核都市では残り少ない未踏の町の一つだった。未知の町を訪れるというのは、いつになっても楽しいものである。
米子駅。この駅名標の形は、「八雲立つ」というイメージか。特急「やくも」も走っているし。
米子は伯耆国だけど、出雲国とはつながりが深いので問題ないだろう。
かつて、米子と法勝寺(ほっしょうじ)を結んでいた日ノ丸自動車法勝寺鉄道の車両が、町なかに状態よく保存されている。イギリス製の貴重な客車で鳥取県保護文化財。
これとは別に、電動車が法勝寺に1両保存されているけれど、時間がなくて今回は行けなかった。
米子の中心部は1970~80年代に区画整理が行われたそうだが、北側の尾高町から岩倉町にかけては古い商家が残っているというので、最後の力を振り絞って夕暮れの町を歩いてみた。
上の写真の建物には、「理髪店 第一モテル館」という看板の店。きれいに散髪するとモテるという意味か。今は集会所とヘルパーセンターになっていた。
静かな商店街には昭和レトロな店が並ぶ。これは「持田金物店」
町を貫く狭い加茂川の周囲には、小さな飲食店が建ち並ぶ。いかにも昔の色街という感じ。
加茂川のほとりに立つ蔵。
飲食店街を抜けると、いきなり昔ながらの立派な旧家が出現する。坂口財閥とも呼ばれたという豪商坂口家。
戦後の昭和天皇米子行幸では、ここに天皇が宿泊したとか。天皇がくぐった門だというので、ここはそれ以後誰も通れないことになったのだそうな。門の手前に柵があるのはそのため。
右端に見える建物は「坂口合名会社ビル」
その先にも、また坂口家住宅の母屋があった。どちらもだだっ広い敷地に驚く。
さらに夕暮れの町を北上して岩倉町まで行くと、なまこ壁の商家もちらほらと出現する。
そろそろデジカメでも撮影が困難になってきた。
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