天理教総本部に見参
天理教は江戸時代に教祖中山みきが興した一神教。初期にはいろいろと弾圧されたそうだが、明治以後も永らえることができた。戦前には宗教法人として存続するために、神道の一派として登録されていた経緯もあり、今でも儀式には神道の影響があるといわれる。
一方で、あとで出てくる総本部の建物は仏教様式も感じられる。いずれにしても、一神教とはいっても、ユダヤ教やキリスト教、イスラム教とは違って、なんとなくおっとりとした雰囲気なのはいかにも日本的なのだろう。

商店街を進んで天理教の総本部に近くなると、天理教と大きく記した法被を着た若い人が目につく。早い話、普段の生活はこれを着ていれば間に合うわけで、余計な衣服代がかからないという利点がある。近鉄電車にもこの法被で乗っていた人もいた。

これは教会本部すぐ近くの書店。「おやさと」は「親里」の意味で、まさに心の拠り所という意味だろう。天理教に関連する用語は、漢語よりやまとことばを多用しているのが特徴の一つである

さあ、いよいよ天理教の教会本部に突入! だだっ広い敷地に立つ立派な建物がそれ。信者でなくても内部に入れるというので、入口で靴を脱いで上がった。
好奇心いっぱいで歩き回ったのだが、それにしてもどこでこれだけの木材を調達したのだろうという立派な木造建築である。

内部は撮影禁止であるが、何万人が入れるんだろうという広々とした畳敷きの広間がつづき、澄んだお祈りの声が響いていた。訪ねたのが、毎月26日にある月次祭の直後だったからか、参拝客は少なかった。

天理市の下水マンホールには梅の模様が描かれている。教祖中山みきの家紋が梅鉢なので、天理教のマークも梅なのである。上部には「おやさとふしん」と書かれている。「親里普請」ということだろう。
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