アブルッツォの山中で廃線跡歩き
ペットラーノでは、廃線跡歩きをしてしまった。
今回、スルモーナからペットラーノへはバスを利用したのだが、ここには昨年12月まで鉄道が走っていたのである。
といっても、廃止直前には1日2往復の超ローカル線。しかも、ペットラーノから山越えをしてモリーゼ州に向かうものだから、ペットラーノを取り巻くように山肌をぐるりとS字を描いて高度をあげていく。だから、かなり時間がかかったようだ。

それに加えて、ペットラーノ駅が町からとんでもなく離れた場所にある。
丘上の町から、いったん国道が走る谷に降り、今度は反対側の丘に登ると、その中腹に駅があるのだ。
どんなに急いでも徒歩で30分ほど。これじゃ、利用する人がいなくなるのもやむを得ない。
事実、路線が廃止となる何年か前に、この駅は廃駅となっていた。あとで知ったんだけどね。

炎天下、ひと気のない山道を登っていくと、ようやく駅にたどり着いた。
間違いなく廃駅なのだが、線路がやけにきれいである。
半年も使っていなければ、レールが錆びついて、雑草もぼうぼうに生えてくるだろうに。
「日本ほど雨が降らないから、雑草も生えないのかな?」
そう思ったが、レールの下に敷きつめられた砂利もなぜか真っ白だった。

さて、一通り写真を撮って戻ろうかと思ったが、まだバスがやってくるまで1時間ほどある。
せっかくだから、廃線跡をしばらく歩いていこうと思い立った。
それにしても、周囲には家もなければ人もいない。
「こんなところで、クマやマムシに襲われたらどうしよう」なんて思いつつも、学生時代に北海道や九州の蒸気機関車を追っていたころを思い出しながら、線路の上を歩いていったのである。
あのカーブの先が見えたら引き返そう、いや次のカーブだと思っているうちに、1kmほど歩いただろうか。
前方に橋らしきものが見え、下のほうから自動車の行き交う音が聞こえてきた。

それは、国道をまたぐ陸橋であった。
「しめしめ、国道に降りれば、線路を後戻りしなくて済むぞ」
来た道を戻りたくない性格の私にとって、これは天恵であった。
線路脇のけもの道のようなところに出て、とげのある灌木をくぐり抜け、最後は1mほどの側壁から国道に飛び降りた。
だが、すぐに後悔した。
「歩道がない!」
70~80kmでビュンビュン飛ばしていく車を横目に見て、路肩にへばりつきながら15分ほど歩き、ようやくペットラーノのふもとまで戻った私であった。
そうそう、廃線跡のはずのレールがやけにきれいだった理由は、翌日、次の町に向かう途中で判明する。
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