2026-01-05

ナポリ・ピエトラルサ鉄道博物館(2)

ピエトラルサ鉄道博物館は、敷地内にいくつもの建物がある。おそらく、昔の機関庫や工場などをそのまま流用しているのだろう。
蒸気機関車メインの建物の次に大きかったのは、何両ものディーゼルカーを中心に保存してある建物だった。

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ここにあるのは、1930年代半ばから製造された軽量構造の大型ディーゼルカーで、愛称は「リットリーナ(Littorina)」。イタリアの鉄道の近代化に大きく貢献した車両として知られ、フィアット社を中心に製造されたものだ。

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なんといっても、前面がそれぞれ個性的!
私がはじめてイタリアを訪れた1980年代初めには、国鉄(FS)のローカル線でまだ走っていた。現在は、その系譜を次ぐディーゼルカーがサルデーニャ島の私鉄で細々と運行している。

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フィアット社聖のALn556、愛称は「トポリーノ」(ねずみ)。言われてみると、確かにねずみのような面相だ。

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ピエトラルサ鉄道博物館では、蒸気機関車やディーゼルカーだけでなく、電気機関車、ディーゼル機関車、小型入換機、客車などの各種車両も保存されている。
これは、珍しい3軸(6輪)の客車。ボギー台車ではないところに注目。座席ごとに出入口の扉がついているのは、昔のイギリスの客車が原型か。イタリアではミッレ・ポルテ(千の扉)という愛称が付けられていた。

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さらに、施設関係の備品、エンジン、モーター、鉄道模型なども展示されていた。
これは、フラップ式の行き先表示板、いわゆる「バタバタ」。日本でもマニアに人気のこれが、実はイタリアがオリジナルだとはあまり知られていない。
北東イタリアのウーディネ(Udine)にあるソラーリ・ディ・ウーディネ(Solari di Udine)という会社が開発したもので、そのために日本でも一部では「ソラリ型案内板」などと呼ばれているとか。

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これは、元祖CMソング「フニクリ・フニクラ」で有名なヴェズヴィオ(ヴェスヴィアス)登山鉄道(ケーブルカー)のポスター。

平日の午前中だったこともあってか、博物館の見学者は数えるほどで、湾に面した屋外では20人くらいの幼稚園児が遊んでいて、付き添いの親や先生らしきがくつろいでいたのが印象的だった。

博物館はあちこちで工事をしていたので、展示物や外観は2、3年もするとさらにパワーアップされるかもしれない。

2026-01-04

ナポリ・ピエトラルサ鉄道博物館(1)

2025年9月のイタリア旅行から。
ローマで1泊してから高速列車フレッチャ・ロッサでナポリに移動。宿にチェックインするには早すぎたので、荷物を預けてまず向かったのは王宮でも考古学博物館でもなく、ナポリ・ピエトラルサ鉄道博物館だった。

ナポリ中央駅の地下にあるナポリ・ガリバルディ広場駅からトレニタリアの近郊電車で10分ほど(頻繁に運転)。博物館は、ピエトラルサ駅に隣接している。

ピエトラルサ鉄道博物館

駅下りホームと博物館入口の間は地下道でつながっており(上りホームは地上連絡)、工事中でちょっとごちゃごちゃしていたけれど、すぐにたどりつくことができた。

平日ということもあって、それほど見学客はいなかったが、同じ列車に乗ってきた子ども連れのイタリア人家族は興味津々。
地下通路では、上の写真のように鉄道開業当初の動画を見ることができた。

ピエトラルサ鉄道博物館

博物館は、旧駅や機関庫を改装したもので、静態保存であるものの多数の蒸気機関車が保存されていた。
イタリア全土には鉄道博物館がいくつもあるけれど、ここはかなり大規模なものだ。

ピエトラルサ鉄道博物館

小型のタンク機関車から大型のテンダ型まで、メインの保存庫には約40両の機関車がずらり。
動態保存ではないのは残念だけど、これだけ揃うと圧巻である。

ピエトラルサ鉄道博物館

鉄道を使ってやってきたので、鉄道の切符を見せることで入場券が割引になった。
一部の機関車にはデッキに乗り込むこともできる。

ピエトラルサ鉄道博物館

メインの機関庫は蒸気機関車が中心だが、入口近くには電気機関車も置かれていた。
屋根上の複雑な集電装置を見ると、どうやら三相交流らしい。

2026-01-03

2026年明けましておめでとうございます

新年おめでとうございます。

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あちこち出かけていたり、あれこれと追われていたりで、更新が怠ってしまいました。
ブログも忘れていませんので、今年もよろしくお願いいたします。

写真は、山口県上関町にある明治期の欧風木造4階建て「四階楼」の内部です。

2025-08-26

渋谷で浦島太郎になる

この夏のはじめのころ、久しぶりに渋谷に降り立った。最近は年に1回来るか来ないかという程度。
来たとしても、南側にあるなじみのレストランに行くくらいだから、渋谷駅の周辺をぐるっと見わたすのは本当に久しぶりである。

渋谷駅西口

大工事が進んでいるのは知っているし、ネットやテレビでその様子を見ることもある。
だから、ある程度はわかっていたが、とにかく大変なのが乗り換えである。いや、外に出るだけでも一苦労だった。
昔養った方向感覚がまったく役立たない。

渋谷駅山手線

出口や乗り換え口への通路が、1、2年前に来たときとも違う。目的地への最短距離をとったつもりが、ぐるりと遠回りをさせられてしまった。
周囲をきょろきょろしたかと思うと、案内板を凝視する。まるで、おのぼりさんか浦島太郎のような気分だ。

渋谷駅山手線

まあ、急ぐ用事ではないので、道に迷うことも楽しみの一つではある。

渋谷駅南口

実は、今回の渋谷は、ホームページ本館の「東京 -昭和の記憶-」に「渋谷(宇田川町~松濤)」を追加するために訪れたもの。
残念ながら駅そのものの周囲は撮っていなかったのだが、駅の北東側は1970~80年代にわずかながら撮っていたのだった。

渋谷駅前裏通り

がらりと変わった渋谷のなかで、井の頭線から道玄坂に至るこのあたりは、昔ながらのごちゃごちゃした雰囲気が残っていた。店はすっかり変わっているけどね。
昔は何軒もパチンコ屋が並んでいたっけ。井の頭線の下には立ち食いの安いラーメン屋があって、学生時代にときどき利用したものだった。

2025-08-07

交通の要衝・新見でなまこ壁と商店街を味わう

[岡山県新見市]

6月末から7月初めにかけての山陰の旅。ながながと綴った町歩き日記もこれが最終回。
伯備線の普通列車は分水嶺を越え、鳥取県から岡山県へ。線路に沿って流れる川は、日本海側の日野川水系から瀬戸内側の高梁川水系に変わる。
そして、陰陽を結ぶ交通の要衝だった新見へ。

新見駅

かつては鉄道の町として賑わった新見の表玄関新見駅。
さあ、歩くぞ! と思ったけれど、古い町並みが残る御殿町までは、歩いて15分以上かかりそう。35度近い気温と日射しに負けて駅前からタクシーを利用することにした。

御殿町の町並み

以前も新見で列車を乗り換えたことがあったが、時間がないのと重い荷物を持っていたことで、御殿町まで来たのはこれが初めてである。
漆喰となまこ壁の家々が美しい。1980年代から町並み保存の気運が高まったとかで、1994年には観光センターである御殿町センターが建てられた。
もっとも、過度に観光化されているわけでなく、住民が実際に暮らしながらほどほどに美化されているところがいい。電柱や電線もある。

御殿町の町並み

「カツマル醤油醸造会社」の正面には、なぜかオードリー・ヘップバーンの写真が貼りだされていた。

御殿町の町並み

新見陣屋に向かう松原通りには、美しい白壁の商家が建ち並んでいた。
このあたりが新見市新見で、江戸時代から栄えた地域である。

御殿町の町並み

なまこ壁ファンにはたまらない光景!

御殿町の町並み

櫺子格子(れんじこうし)が美しい民家。

新見銀座商店街

駅から御殿町に向かう途中には、新見銀座商店街がある。その東端(御殿町側)に位置する「田原屋」。明治時代の建物とかで、モダンなデザインの虫籠窓が特徴だ。

新見銀座商店街

とにかく日射しが痛いほど暑い日だった。

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新見銀座商店街の西端(新見駅側)にある「佐々奈美精肉店」はもう営業していない。
行きに乗った若い女性のタクシー運転手は、「昔はアーケード街で賑わっていたんですよ。学校帰りにここで揚げ物を買って食べたっけ」と懐かしそうに語ってくれた。

新見

商店街から駅に向かって歩いていく途中にも、多くの商店が並んでいる。これは酒とたばこを売っていた「荒木酒店」。残念ながら営業していないようだ。

新見駅

市内でランチを食べてから新見駅へ。ここからさらに伯備線の普通列車で岡山へ。
結局、米子から岡山まで、ずっと普通列車で乗り通したことになった。

岡山駅構内

岡山駅で新幹線を待つ間、クラフトビールを飲みながらで今回の旅をしみじみと振り返る。

それにしても暑かった! 日程上、梅雨の雨が心配だったけど、雨にあうこともなく大団円。日傘(帽子)、日焼け止め、サングラスの「三種の神器」のおかげで、なんとか酷暑の町歩きを完遂できた。

2025-08-05

たたら製鉄でも栄えた出雲街道の宿場町・根雨

[鳥取県日野郡日野町根雨]

江尾(えび)からバスで向かったのは5kmほど南にある根雨(ねう)。
ここは津山を経由して姫路に向かう出雲街道と、新見を経由して岡山に向かう日野往来の分岐点として栄えた宿場町である。今でも周辺ではそこそこ大きな町で、伯備線の特急「やくも」の約半数が停車する。

根雨の町並み

バス停のあるバイパスから日野川を渡って町に入る。

近藤家住宅

周辺では日野川でとれる砂鉄をもとにした「たたら製鉄」が古くから行われ、江戸時代になると豪商近藤家を中心にして大いに繁栄したという。これは、たたら製鉄で財をなした近藤家の住宅。

近藤家住宅

近藤家住宅を反対側から見たところ。豪商の近藤家住宅は宿場町のほぼ中央に位置している。

水舟

わき水を貯めてある「水舟」。昔は数多くあったが、町内に現存しているのはこれを含めて2つだけとのこと

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近藤家の分家の建物で、現在は日野町公舎の看板が出ていた。

根雨の町並み

赤い石州瓦の味わい深い旧家。

根雨の町並み

細かい意匠まで手が込んでいる。

旧本陣

旧本陣の門。母屋は近代的な建物になっていた。

旧山陰合同銀行根雨支店

旧本陣の隣に立つ旧山陰合同銀行根雨支店。

根雨の町並み

駅に近づくにつれて店舗もちらほら。

伯備線根雨駅

旧宿場町の外れに位置する伯備線根雨駅。

伯備線根雨駅

特急「やくも」の行き違い。右の出雲市行きは根雨に停車する。左の岡山行きは運転停車なので、停まるけれども乗降できない

2025-08-04

山間の小さな城下町・江尾

[鳥取県日野郡江府町江尾]

帰路は、米子から伯備線の普通列車を乗り継いで岡山へ。
陰陽を結ぶ伯備線は、岡山県との県境まで、昔の出雲街道(日野往来)に沿って走る。

江尾駅

まず途中下車したのは、城下町江尾(えび)。全線電化されている伯備線だけど、乗った普通列車は1両のディーゼルカーだった。
中国山地を走るJR線は、どこも閑散としてしまったが、ここ伯備線だけは陰陽連絡の幹線として特急「やくも」が走り、そこそこ活況を呈している。もっとも、約1時間おきに走る普通列車は通学時間を除いてガラガラなのが寂しい。

江尾駅

駅は町の交流センターやスーパーが同居していて立派な建物だった。
江尾は、今では川沿いの静かな小さい町だが、戦国時代には尼子氏の家臣で江尾城主の蜂塚氏と毛利氏との壮絶な戦いがあって、江尾城は落城したという。ここに来て初めて知った。

江尾

まずは、町を南北に貫く街道を南へぶらぶら。南側は、昔の雰囲気を残しながら、それぞれの家は近代的に改装されているところが多かった。これは道端の祠。

線路に沿って旧街道が続く。この手前に踏切があって、このあたりが町の南端である。

踵を返して駅から北側をぶらぶら。こちらのほうが古い家が残っている。
「勝部歯科医院」の表記が残る建物は、昔のマンガのロボットのようなユーモラスな表情。今はシルバー人材センター、ボランティアセンターの看板が出ている。

江尾の町並み

さらに街道を北へ歩くと、旅館が何軒かある。たいして旅行客が訪れるとは思えないので、昔の商人宿なのだろうか。
写真右側の裏山に登れば天守が復元されているそうだが、あまりの蒸し暑さに断念。旧街道沿いの家々を眺めるにとどめた。

米子屋旅館

旧街道の北の端近くあった木造三階建ての「米子屋旅館」

特急やくも

丘の上の集落に登ったところで踏切の鐘が鳴り出した。特急「やくも」が来たのであわてて撮影。

日の丸自動車のバス

次の列車まではかなり間があった。ちょうどいいタイミングで隣町までのバスがあったので、橋のたもとの待合室で休憩してバスを待った。

2025-08-03

町の北部に昔の町並みが残る商都・米子

[鳥取県米子市]

山陰道めぐりを終えて宿泊地米子に帰還。米子は山陰地方の中央に位置する人口15万人近い商業都市で、私にとって地方中核都市では残り少ない未踏の町の一つだった。未知の町を訪れるというのは、いつになっても楽しいものである。

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米子駅。この駅名標の形は、「八雲立つ」というイメージか。特急「やくも」も走っているし。
米子は伯耆国だけど、出雲国とはつながりが深いので問題ないだろう。

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かつて、米子と法勝寺(ほっしょうじ)を結んでいた日ノ丸自動車法勝寺鉄道の車両が、町なかに状態よく保存されている。イギリス製の貴重な客車で鳥取県保護文化財。
これとは別に、電動車が法勝寺に1両保存されているけれど、時間がなくて今回は行けなかった。

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米子の中心部は1970~80年代に区画整理が行われたそうだが、北側の尾高町から岩倉町にかけては古い商家が残っているというので、最後の力を振り絞って夕暮れの町を歩いてみた。

上の写真の建物には、「理髪店 第一モテル館」という看板の店。きれいに散髪するとモテるという意味か。今は集会所とヘルパーセンターになっていた。

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静かな商店街には昭和レトロな店が並ぶ。これは「持田金物店」

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町を貫く狭い加茂川の周囲には、小さな飲食店が建ち並ぶ。いかにも昔の色街という感じ。

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加茂川のほとりに立つ蔵。

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飲食店街を抜けると、いきなり昔ながらの立派な旧家が出現する。坂口財閥とも呼ばれたという豪商坂口家。
戦後の昭和天皇米子行幸では、ここに天皇が宿泊したとか。天皇がくぐった門だというので、ここはそれ以後誰も通れないことになったのだそうな。門の手前に柵があるのはそのため。
右端に見える建物は「坂口合名会社ビル」

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その先にも、また坂口家住宅の母屋があった。どちらもだだっ広い敷地に驚く。

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さらに夕暮れの町を北上して岩倉町まで行くと、なまこ壁の商家もちらほらと出現する。

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そろそろデジカメでも撮影が困難になってきた。

2025-08-02

豪壮な屋敷が並ぶ農村集落・所子

[鳥取県西伯郡大山町所子]

御来屋(みくりや)から米子方面行きに乗って2駅目の大山口(だいせんぐち)で下車。
この日最後の訪問地、伝統的建造物群保存地区のある所子(ところご)へ。

大山口駅

御来屋駅とは打って変わってモダンな大山口駅で、上下の列車(キハ40系)が交換。。

大山口駅前

駅から徒歩だと20分近く。蒸し暑いので1時間に1本ほど走っている日本交通のバスに乗車した。東京にあるタクシーで有名な日本交通(日交)とはまったくの別会社。
2つ目の所子入口で下車。バス停のある表通りから5分ほど歩くと、所子の集落に着く。

所子の美甘家

有力な家の一つ「美甘(みかも)家」は、庭が開放されていると書かれていたので入ってみた。コワモテの当主が母屋の前にドンと構えていたが、親切に出迎えてくれた。
門をくぐってすぐの庭も、苔がむして立派だと思ったが、主は中庭をぜひ見ていけという。実に見事な庭で、農家というより土豪だったのだろう。

旧所子郵便局

この右のお宅が、なんと旧所子郵便局。当時は町の有力者が郵便局長をしていたのだろう。

所子集落

これは、たばこの乾燥所だったという建物。

所子集落

所子は、江戸時代以前から続く農村集落として伝統的建造物群保存地区に指定されている。

所子集落

農村集落というけれど、「農村」というイメージからかけ離れた豪壮で風情ある家並みが印象的。
大山の雪解け水なのか、村のどこからでも聞こえる用水の水音も味わい深い。

所子集落

右が村の最有力者の「門脇家」。左がたぶん分家の「東門脇家」、奥には「南門脇家」もある。
この風景は、もはや「農村集落」ではない。

門脇家の門

門脇家の門はしっかり閉まっていたので、大きな茅葺きの建物は見えなかった。左奥にちらりと一部が写っている。

門脇家

裏側から見た門脇家の巨大な茅葺き住宅。

大山遠景

帰りは大山を眺めながら大山口まで20分近く速歩き。
1時間に1本の列車になんとか間に合って、周囲が明るいうちに宿のある米子に帰り着いた。

2025-08-01

後醍醐天皇ゆかりの港町にして宿場町の御来屋

[鳥取県西伯郡大山町御来屋]

赤碕(あかさき)から山陰本線の普通列車米子行きに乗って4駅。降りたのは名和駅。
ここから隣駅の御来屋(みくりや)までの間に、山陰道(伯耆街道)の宿場であり港町でもある御来屋の町並みが続いている。

名和駅

列車にはそこそこ乗客がいたけれど、名和駅で降りたのはまたしても私一人だった。

名和駅

無人駅の名和駅の駅舎を出て踏切を渡る。踏切の向こうに連なる家並みを見て、なんとなく期待が高まる。

御来屋宿の町並み

山陰道御来屋宿の町並み。この建物は酒造会社らしい。

旧酒造所

酒の醸造所だったようだが、今は操業していないようで、つたに覆われていた。

御来屋宿の町並み

古い建物をリフォームした喫茶店。残念ながらもう閉店時間だったようだ。

御来屋宿の町並み

昔は宿屋だった建物か。家の前に後醍醐天皇上陸の石碑が立っている。漁港はこの家の裏すぐ

後醍醐天皇御腰掛けの石

御来屋は、1333年に隠岐の島から脱出した後醍醐天皇がたどりついた港といわれる。
御来屋漁港にある「後醍醐天皇御腰掛けの石」は、天皇が一息ついて腰掛けた石とされる。その上に小さな祠が立っていた。

御来屋宿の町並み

かつての山陰道はもっと山側を通っていたらしいが、江戸時代には海岸に沿った道がメインルートとなったそうだ。

御来屋駅

御来屋駅に到着。名和と御来屋の駅間は、ここだけ1kmちょっと。都会並みに極端に短いのは、何か経緯があるのだろう。

御来屋駅

御来屋駅は、山陰地方で現存する最古の駅舎とのこと。昔の窓口や運賃表なども、そのまま残されている。

御来屋駅

やってきた米子行き普通列車は、名探偵コナンの登場人物がラッピングされた「まんが王国とっとり」車両。
これに乗って、この日最後の訪問地に向かう。

«山陰道沿いに果てしなく続く赤碕の家並み

著書

  • ローカル鉄道と路線バスでめぐる
    果てしなきイタリア旅 (草思社)
  • 辞書には載っていない⁉ 日本語[ペンネーム](青春出版社)
  • 社会人に絶対必要な語彙力が身につく本[ペンネーム](だいわ文庫)
  • 『ようこそシベリア鉄道へ』(天夢人)
  • 『定点写真でめぐる東京と日本の町並み』(青春出版社)
  • 『日本懐かし駅舎大全』(辰巳出版)
  • 『鉄道黄金時代 1970s──ディスカバージャパン・メモリーズ』(日経BP社)
  • 『国鉄風景の30年―写真で比べる昭和と今』(技報堂出版)
  • 『全国フシギ乗り物ツアー』(山海堂)