カテゴリー「ニッポンブラタカシ(東京、沖縄以外)」の195件の記事

2022-04-30

思いがけず出会った武生の見事な町並み

ながながと書いてきた4月はじめの福井への旅の最終回。米原経由で帰るので、福井駅から特急に乗ってもいいのだが、あえて福井市内から福井鉄道で武生へ。福井鉄道はこれまでも写真を撮ってきたし、今庄の町並みも20年ほど前に行ったことがあるので、今回は2時間あまりで武生をぶらぶらしようという計画である。

あまり期待せずに町を歩いていたら、次々と目の前に出現する古い商家や蔵に目がくらくらしてしまった。もっとアピールするべきだと思うのだが、新幹線の開通待ちかな。

福井鉄道越前武生駅

宿泊したホテルに近い大名町からは、わざわざ福井駅まで歩いてJRで武生に行くよりも、大名町から福井鉄道でそのまま武生に向かったほうが、やや時間はかかるが便利だ。運賃400円は安い。
そして、武生新……おっと駅名が変更された越前武生駅へ。新幹線が開通すると、また駅名が「たけふ新」になる予定とのことだ。

武生の町並み

駅から5分ほど歩いて町の中心部にて出ると、こんな商家がずらりと並んでいる。しかも、地方都市の例にもれず外を歩く人が少ないので、人を入れた写真がなかなか撮れない。看板が出ているのは「田中時計店」

武生の町並み

これは「小澤金物店」。金物屋のはずなのに、軒下にはなぜか薬の看板が並んでいる。

武生の喫茶店「884HAYASHI珈琲」

ちょっと疲れたので、蔵を改造した小さな喫茶店「884HAYASHI珈琲」に突入。先客は地元の高齢の方3人。女性2人と男性1人がよもやま話をしているのがいい雰囲気。コーヒーを飲みながら、センチメンタルな気分で旅を振り返った。

武生の喫茶店「884HAYASHI珈琲」

注文したのはコーヒーと水ようかんのセット。上品なコーヒーと甘みを抑えた水ようかんが、旅の疲れを癒してくれる。

武生の町並み

武生の町は、あちこちに古い町並みが残っている。北側の福井市は空襲や福井地震があり、南側の敦賀は軍港だったために大規模な空襲があったが、ここ武生は大規模な被害を受けずに今に至っているわけだ。
ここは、名産である箪笥の専門店が並ぶ、その名も「箪笥通り」。

武生の町並み

ひらがなの看板が味わい深い漆の店

武生の町並み

満艦飾の看板が楽しい「藤井善商店」
いつのまにか2時間がたち、日も傾いてきたので歩いてJR武生駅に戻ることにした。

(2022年4月 福井の旅・終)

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2022-04-29

水路が心地よい福井市東郷の町並み

新装なった福井駅前のバス乗り場で、12時発の62系統東郷線の京福バスを待つ。一乗谷、朝倉館、復原町並みを経由するので、歴史好きらしい中高年のグループも見られる。やがて乗り場にやってきたのは、コミュニティバスのような小型バスだった。
「おや、途中で狭い山道でも通るのか?」と思いながら車上の人となった。

福井市東郷の町並み

東郷は福井市内にあって宿場町として栄えたのだと聞いていた。もっとも、古い民家や商家は少なく、それよりも街道の中央を走る水路が趣深いという情報を得ていた。

東郷の中心部では降りずに、中心部の東端に近い小安で下車。このあたりは普通の宿場町の町並みだ。上の写真の右にあるのは、ちょっと珍しい外観の造り酒屋。左は眼鏡屋である。

福井市東郷の町並み

バスを降りて中心部に戻ると、車窓からも見えた足羽川用水(堂田川)が現れる。
よくあるのは、旧街道の道の端近くにちょろちょろと流れる用水だが、ここはそれなりに交通量のある道のまんまんなかに、これだけの幅の水路が流れているのは珍しい。水路をはさんで道路はそれぞれ片側通行になっているから、大型バスじゃ通行できないわけだ。

福井市東郷の町並み

水路の両側は整備されて散歩道になっていた。右下には河童がコンクリート詰め(!)になっている。それとも風呂に入っているのか?
安全優先の日本には珍しく、水路に柵がないために景観はすこぶるよい。ただ、夜中に酔っぱらって歩いていると水路に落ちる恐れがないでもない。河童に引き込まれないようにという注意喚起……なのかも。

福井市東郷の町並み

水路には鯉も泳いでいた。水路は浅く、誤って落ちたとしても、よほどのことがなければ溺れることはないだろう。
道路の向こうの駐車場が京福バスの東郷停留所で、小型バスが1台待機している。

福井市東郷の町並み

東郷地区にはコミュニティバスも走っている。
「トックリ軒」とは、このバス停の前にある食堂。地元ではおいしいと評判の店だそうだ。バスの愛称になっている「おつくね」とは、おにぎりのことらしい。なぜ、おにぎりが名物になるのか不思議だったのだが、どうやらおいしい米がとれるかららしい。

越美北線の越前東郷駅

町はずれには越美北線の越前東郷駅もあるが、次の福井行きは2時間半後。停車中のタクシーは、福井から30分後に到着する下り電車を待っているのだろう。駅にも、「東郷名物おつくね」というステッカーが貼ってあった。

京福バス東郷線の小型バス

列車まで2時間半も待つわけにはいかないので、1時間おきに走っている福井駅前行きの京福バスに乗車。
やってきた小型バスの車内は、一乗谷観光帰りの中高年で満員だった。朝倉館近くに復元された「復原町並み」も見事らしいが、やはり実際に生活感のあるこの東郷の町並みは見てよかった。

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2022-04-25

えちぜん鉄道 小舟渡駅の絶景

2022年4月初頭の旅のつづきである。前日、えちぜん鉄道永平寺勝山線の車窓から見た九頭竜川の風景が忘れられず、列車の走行写真を撮ってみようと小舟渡駅で下車した。

2日続けて同じ路線に長時間乗るのも面倒だとは思ったが、よく考えると山が雪化粧しているのは今のうちだからこそであり、川の流れが早いのは雪解け水で増水するこの季節だからこそだと考え直した。
たまっている仕事はあったが、朝早く起きてホテルの部屋で片づけ、眠い目をこすって福井駅からえちぜん鉄道の客になったのである。

えちぜん鉄道 小舟渡駅

小舟渡とは、ゆかしい駅名である。そういえば、東北には大船渡がある。
確かに対岸に集落があるから、小舟の渡しがあったのだろうか。今では駅のすぐそばに橋が架かっていた。
山の風景はといえば、前日よりはやや山が霞んでいたが、まあ十分に見える。山と川が織りなす絶景に、塵労に疲れた心が癒されるのであった。

えちぜん鉄道 小舟渡駅

対岸へ渡る橋は老朽化して、工事を待っているようだった。車両通行止めの立て看板が架かっていたので車は通れない。おかげで、車を気にすることなく、橋の上からのんびりと撮影できた。右手に小さく上り電車が見える。

えちぜん鉄道 小舟渡駅付近

次にやってきたのが下り電車。私が乗った次の電車だから、この駅に到着して30分後ということになる。小舟渡駅の発車直後のシーンである。日がべったりとあたった写真となった。

えちぜん鉄道 小舟渡駅付近

上の写真と同じ列車を、後追いで撮影。こちらの風景のほうがいいけれど、残念ながら前面には日が当たっていない。午後になればこちら側が順光になるのだが、そのころには山が霞んでいることだろう。

えちぜん鉄道 小舟渡駅付近

対岸へ渡る橋の上からサイドビューを撮影。1両しかない車両が、ぴったりと橋のトラスに収まった。

えちぜん鉄道 小舟渡駅待合室

この日は勝山には行かずに、小舟渡から福井にとんぼ返り。駅の小さな待合室の窓が、まるで風景画のように見えた。結局、昼前の上り2列車、下り2列車をこの駅で見たのだが、私以外に乗降客はなかった。川の流れる音だけが聞こえるなかで過ごした1時間は、かけがえのないひとときであった。

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2022-04-23

福井鉄道にちょい乗りしてちょい撮り

JR越美北線で福井におとなしく戻ればいいのだが、その途中でふと思いついた。福井駅の1つ手前(そして書類上では越美北線の起点)である越前花堂(はなんどう)駅に降りてみようと考えた。
越前花堂から福井鉄道の花堂までは、歩いてすぐだとGoogle先生も示していた。降りたことのない駅で降りるのも楽しいし。

福井鉄道花堂駅付近

越前花堂駅の上には工事中の新幹線の高架橋がずらっと並び、圧迫感は相当のものであった。駅前も殺風景でちょっと残念。

福井鉄道の踏切近くには柵も障害物もないので、ちょっと待って走行写真を撮ることにした。
まずやってきたのは、元名鉄の880形である。後ろに見えるアーチ状の建造物は、分岐器を積雪から守るスノーシェッドのようなものだ、確か。

福井鉄道花堂駅

踏切から200mほど歩くと花堂駅に到着。急行は停車しないが、味わい深い駅であった。
やってきたのは広告電車で、これまた880形だった。

福井鉄道花堂駅

福井方面の普通列車を待っている間、武生方面行きのホームを通過して行った急行列車が、えちぜん鉄道所有の「キーボ」だった。
黄色い電車だし、運がいいということにした。

福井鉄道赤十字前駅

そのままホテル最寄りの福井城址大名町まで行こうと思っていたら、赤十字前駅で車窓にこのデキ11が飛び込んできた。
駅名で油断をしていた。旧名の「福井新」だったら、「何かおもしろい車両が停まっているかも」と注意していたのに……。
気づいたときにはすでに発車していたので、「次の木田四ツ辻で降りて歩いて戻ろう」と考え直す。
すると、その木田四ツ辻も名前が変更されていて、「商工会議所前」になっていたではないか。駅名が大幅に変わったことは知っていたが、実際に来てみると、もう何がなんだかわからない。

デキ11

とにもかくにも、福井新……じゃなくて赤十字前まで戻って、デキ11をなめるように見て写真を撮った。
まだ現役で残っていたとは知らなかったので、ちょっとばかり感動である。

福井鉄道赤十字前駅

これが残っていたことにも感動。福井鉄道といえば、やはりこれ!
色褪せていたけれど健在だった。
「警報機がジャンジャン鳴っている」と書かれているが、ごく一般的な警報機の音である。
昔はどうだったのかは記憶にない。

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2022-04-22

美しき越美北線の車窓

大野市(越前大野)は家並みに加えて店の看板が興味深かった。
前回も書いたように、最近になって新調(復活?)したらしき看板もあれば、何十年も前のままに掲げられた看板もあって興味はつきない。

越前大野駅への道で

上の写真は、町の中心部から越美北線越前大野駅に向かう道沿いにあった看板。
「薬種 天産物問屋 澁谷貞作商店」とある。民間薬、漢方薬の材料の問屋だったのだろうか。
おばさんが植木に水をやっていた。

越前大野駅への道で

不思議な看板。「くろねこ」と書いてあるのは何を意味するのか?
アパートでもなさそうだし、ペット屋でもなさそう。
向こうに見えるのは「やまざき旅館」。駅前旅館というには、300mほど離れているが、昔ながらのたたずまいが趣深い。

越前大野駅

そして、やってきたのが町はずれにあるJR越美北線(愛称:九頭竜湖線)越前大野駅。
この4月からは、えちぜん鉄道勝山駅、越前大野駅と周辺観光地を結ぶミニバス(?)を運行する旨のポスターが駅に貼りだされていた。

越前大野駅

とはいえ、発着する列車がこれだけというのが寂しい。越美北線(愛称:九頭竜線)の時刻表。
福井方面(上り)が7本、九頭竜湖方面(下り)が5本である。しかも、うち1往復は工事のために運休する日があるという。
大野より人口が少ない勝山には、えちぜん鉄道の電車(電化されている)が30分おきに走っていたのに……。
福井駅前までの路線バスは日中も1時間に1本ほどが走っている。

越前大野駅

しばらくすると、JR西日本のローカル線でよく見るキハ120が1両で到着。
どうせ客が少ないのなら、もっと豪華で座り心地のよい座席にすれば、乗りたいと思う人も少しは増えると思うのだが。
もっとも、思ったより客は多く、地元の人のほうが多かった。車社会とはいっても、やはり公共の足は必要である。
福井までの所要時間はバスと大差ないが、運賃は鉄道のほうが安い。


列車の後ろのほうに乗ると、窓の外に絶景がひろがった。白山連峰の南側にあたる山々だろう。
思わず立ち上がり、スマホで動画を撮影。こういうとき、ワンマン列車だと車掌がいないので思う存分写せるのがいい。
昔だったら周囲の目が気になって照れくさいところだが、最近はカメラやスマホで撮影するハードルが下がったのが喜ばしい。

一乗谷駅

途中でこんな駅が。小さな駅ではあるが、歴史好きと思われる中高年のグループが何人も乗り込んできた。
福井までは約1時間の行程である。

国鉄時代の1982年には、逆コースで越美北線の終点九頭竜湖まで乗り、そこから国鉄バスで越美南線の北濃へ。そして越美南線で美濃まで乗って名鉄美濃線に乗り換えるという旅をしたことを思い出す。
いまは、越美北線と南線を結ぶバス路線もなくなってしまった。
下の2枚の写真は、そのときに撮ったものだ。上が越美南線北濃駅、下が越美北線九頭竜湖駅である。

1982年の越美南線北濃駅

1982年の越美北線九頭竜湖駅

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2022-04-18

城下町越前大野の碁盤の目の道をひたすら歩く

勝山からバスでやってきたのは福井県でも最大の広さを誇る大野市。越前の小京都とも呼ばれる町で、私にとってはじめての訪問である。
中心部の手前、町の北側に位置する大野三番でバスを下車。片側1車線の道路の両側には、味わい深い商店が建ち並んでいた。

鮮魚店「大亀屋」

そんな商店の1つがこれ。看板が印象的な鮮魚店「大亀屋」で、仕出し料理もやっているようである。「九頭竜川名産鮎粕漬け」「鮎寿司」が唾液腺を刺激する。焼き鯖も名物らしい。

石灯籠通り

あとは、足の向くまま碁盤の目状の道をあっちに行ったり、こっちに来たりとブラタカシ。
上の写真は、石灯籠が並ぶ、その名も「石灯籠通り」。

源平酒造

これは「源平酒造」。軒下に掛けられた看板が色鮮やか。酒を買って帰りたいところだが、まだ先があるので自重した。

越前大野城からの眺め

そして、織田信長から所領を与えられた金森長近が建てたという越前大野城に登る。天守は1968年に再建されたものとのこと。山の上にある城までは階段と坂道の連続で、ひいこらいって必死に登った。この日は空気が澄んでいて眺望は抜群。

越前大野城

武家屋敷が残る地域から越前大野城を振り返る。日本3大「天空の城」なんだとか。最近はなんでも「天空の~」という愛称がつけられて食傷 気味とはいえ、雲海の上に顔を出している城を見ると、確かに素晴らしいとしかいいようがない。

七間通り

これは町の中心部あたる七間通り。立派な商家が並んで朝市で賑わうという。観光の目玉でもあるが、昼下がりだったので人通りも少なく静かだった。
建物は修復されて道もきれいに整備されているが、電柱が残されているのがご愛嬌。もっとも、むしろ生活感があっていいのかもしれない。もっとも、並行する広い国道(六間通り)のほうが電線地中化されているのは、いま一つちぐはぐな感じがする。

七間通り

これは七間通りに面した薬屋の看板。「一子相傳」という語句が魅力的。きれいな看板であることから、最近になって新調したのだろうか。さきほどの源平酒造もそうだが、大野ではこうした歴史的な看板があちこちの店で掲げられているのは楽しい。

舞茸丼御膳

もう2時をまわっていたので昼飯難民になりそうだったが、古民家レストラン「茶屋おがまち」に突入。庭を眺めながら貸切状態で遅いランチをとることができた。舞茸丼御膳は福井風のおろし蕎麦と味噌汁もセットになって1100円とお得。さらに 舞茸天を増量(+100円)したら、とんでもない量になった!えび天もついていて大満足であった。

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2022-04-17

越前勝山で懐かしの車両と町並みを楽しむ

これまで福井県の嶺北地域には何度も足を運んだが、たいていは福井市内をうろうろして福井鉄道の電車に乗って喜んでいるくらいだった。それではいけないと、今回は、ようやく勝山、大野という内陸の歴史ある町を徘徊……じゃなくて逍遥することにした。
3月31日、ホテルフジタ福井に宿をとり、翌朝向かったのは勝山市。ちなみに、このホテルは皇族が福井を訪れると必ず利用する由緒あるホテルなのだとか。その割にはかなり安く泊まれたのは、コロナ禍の影響だろうか。

勝山駅

永平寺にも立ち寄らず終点の勝山まで54分。春にしては空気が澄んでいたようで、雪化粧した山を車窓から眺めることができた。

勝山駅

勝山駅にはこの電気機関車テキ6が保存されていると聞いていたので、市内中心部へのコミュニティバスの発車までのわずかな時間に必死になって撮影。バスの運転手に手を降って飛び乗ることができた。

現役時代のテキ6

このモノクロ写真は、1978年に撮影した現役時代のテキ6である。当時はえちぜん鉄道の前身の京福電気鉄道。
福井口の車庫の片隅に止まっており、幸いなことに公道から撮ることができた。

本町通り

さて、駅前からコミュニティバスで向かったのが、古い商家が建ち並ぶ本町通り。歩いてもそれほどの距離ではないことは知っていたが、せっかくなので地元に運賃100円を落とすことにした。

本町通り

勝山は明治期に商業で栄えたのだそうで、うだつのある豪壮な商家が並ぶ様は見事である。
上の建物は看板によると醤油問屋のようで、開いた戸の向こうに懐かしい形の秤が見える。

本町通り

本町通りの北の端にあった「みたけ玩具店」。こんなおもちゃ屋が今も健在で驚いた。突き当たりにも古い家々が並んでいる。

本町通り

踵を返して本町通りの南側に向かう。町並みが整備されている北側だけでなく、南側にもユニークな建物をいくつか目にすることができた。
この家は、うだつの上がった商家に、右側の部分を建て増ししたのだろうか。

京福バス

最近の地方の小都市によくあることだが、道の上ですれ違った地元の人は数えるほどだった。その代わり、スーパーの前の駐車場にはたくさんの車が止まっているのが見えた。
勝山市の人口は2万2000人ほど。そんな町から福井市に向けて、えちぜん鉄道の電車が30分おきに発車するのは頼もしく思うが、ちょっと心配でもある。

本町通り以外にも1時間半ほどブラタカシをしたのち、勝山市最大の観光資源である恐竜博物館にも立ち寄らず(遠くの山のふもとに建物は見えた)、2時間に1本ほど運行されている京福バスで向かったのは城下町大野である。乗客は私のほかに若い男性が1人いるだけだった。

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2022-04-14

福井駅前はまだまだ変貌中

3月下旬、仕事と仕事の合間にぽっかりと空いた時間を利用して、北陸をめぐろうと計画した。
もっとも、計画したとおりにはいかず、旅先でも早起きして仕事をするハメになったのだが……。
今回のメインは福井。北陸というと、いつも富山、金沢をめぐって力尽き、福井はないがしろになりがちだった。
今回は、富山、金沢を早めにきり上げて福井に重点を置くことにしたのである。

福井駅

福井駅には、だいたい5年に1回くらいのペースで降り立っているのだが、降りるたびに駅と駅前が激変しているのに驚く。
新幹線開業を控えて完成した駅は前回も見たのだが、今回は壁面に恐竜が踊っていた。

2000年の福井駅

ちなみに、これが2000年の福井駅だ。面白みのない建物だが、今となっては懐かしい。
それ以上に、このときもまだモノクロフィルムを使っていたのかと、一人感慨にふける。
確か、最後にモノクロフィルムを使ったのは2004年だったかと記憶している。もちろん、自分で現像をしていた。

福井駅前

福井鉄道軌道線の通称ヒゲ線も変わった。JRの駅から中途半端な距離にあった終点は、文字通り駅前広場に移転。もっとも、せっかくならば富山のように駅の真下に乗り入れるくらいのことをしてほしかった。
この日は、シュトゥットガルトからやってきた通称「レトラム」が運用に入っていて、たまたま撮ることができた。

福井鉄道の「フクラム」d

かつて福井駅前の終点があったあたり。通称「フクラム」は福井の電車のイメージを大きく変えた。東京でもこんな車両が大通りを走れば、路面電車(トラム)に対する認識も変化するかもしれない。
驚いたことに、商店や小さなビルが建ち並んでいたパックの一帯は更地になっており、重機が忙しく動いて再開発まっさかりだった。
また何年か後に来たら、大きく変化しているのだろう。

山田銘木店

そんな駅前風景のなかで、唯一変わらないのがこの「山田銘木店」。市だか県だかの指定文化財のような看板が小さく立っていたので、この建物は安泰だろう。

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2019-11-03

道路が拡幅されて──『定点写真でめぐる東京と日本の町並み』から(4)

ちょっと間があいてしまいましたが、拙著『定点写真でめぐる東京と日本の町並み』(青春出版社)の販促企画第4回。
今回は、道路拡幅前後の比較写真です。

最初は、滝桜で有名な福島県三春町の中心部。拡幅前の国道288号線は片側一車線で、道沿いに趣ある家並みが続いていましたが、拡幅によってすっかり姿を変えてしまいました。
昔の家並みが消えたのは残念ですが、せめてものなぐさめは、新築された店舗や住宅がシックな色と形で統一されていることでしょう。

福島県三春町の1992年

福島県三春町の2019年b

次は東京都北区赤羽。東北本線の線路の西側には、日光街道の脇街道だった日光御成道(岩槻街道)が並行して走っています。
沿道には昔ながらの商家が並んでいい雰囲気でしたが、とうとう拡幅工事が終わってがらりと変貌してしまいました。

東京都北区赤羽の1989年1c

東京都北区赤羽の2019年1d

3組目は、赤穂浪士であまりにも有名な兵庫県赤穂市。突き当たりに赤穂城があるこのお堀通りには、いい雰囲気で商家が建ち並んでいました。拡幅後にはあまりにも姿が変わっていたので、位置の特定にはかなり時間がかかってしまいました。
沿道の建物はすべて建て替えられましたが、旅館山長は場所を変えて健在です。

兵庫県赤穂市の1992年e

兵庫県赤穂市の2019年

最後は、沖縄県石垣市。石垣島の港に近い繁華街です。ここトニーそばこと栄福食堂は、強烈な個性の店主が経営する謎の店。
著名な旅ガイド『ロンリープラネット』にも紹介されているので外国人の客も多いようです。
将来そんな店になるとは知らず、初めての石垣島訪問でたまたま撮っていました。

沖縄県石垣市の1994年g

沖縄県石垣市の2019年h

 

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2019-10-26

宿場町の面影──『定点写真でめぐる東京と日本の町並み』から(3)

10月に刊行した拙著『定点写真でめぐる東京と日本の町並み』 (青春出版社)から、テーマを絞って紹介する記事の第3回。今回は、宿場町の変化である。この2地点とも、1990年代に撮影したものだが、その変化に驚く。

まずは、久喜市との合併前、1992年の栗橋町。利根川に沿って走る栗橋本通りは、江戸時代に日光街道の栗橋宿として栄えた町でした。東武鉄道の栗橋駅からは徒歩15分ほどのところにあります。
平成に入ってからも栗橋宿には豪壮な建物が軒を連ね、商店街としてさまざまな店舗が並んでいたのですが、今ではその面影はほとんどなく、沿道には「栗橋宿」の旗がはためくばかりでした。

埼玉県久喜市栗橋1992年

埼玉県久喜市栗橋2019年b

次の写真は、愛知県豊川市内にある旧東海道御油宿の東端あたり。東海道で隣り合う御油宿と赤坂宿には、平成の初めころまで、江戸時代の街道の雰囲気を偲ばせる家々が建ち並んでいました。今でもところどころに古い家が残るものの、ここにあの東海道が走っていたとは想像できません。

愛知県豊川市御油1994年

愛知県豊川市御油2019年d

いまでも、全国に旧街道の宿場町の面影を残す場所はあるけれども、2000年代に入って急速に姿を消しつつあります。
逆に、保存されたのはいいけれど、観光化されすぎてしまった町もあります。なかなか難しいものです。

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