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著書

  • 『定点写真でめぐる東京と日本の町並み』(青春出版社)
  • 『ひたすら眺めていたシベリア鉄道』(私家版)
  • 『日本懐かし駅舎大全』(辰巳出版)
  • 『鉄道黄金時代 1970s──ディスカバージャパン・メモリーズ』(日経BP社)
  • 『国鉄風景の30年―写真で比べる昭和と今』(技報堂出版)
  • 『全国フシギ乗り物ツアー』(山海堂)
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カテゴリー「イタリアの旅 北から南まで」の249件の記事

2021-09-20

祭りの夜のニコジーア

ちょうど、ニコジーアではお祭りの日だったようで、前回の動画に出てくる音だけの花火も、その一環だったようだ。
宿でひと休みしていたら、前の通りから賑やかな太鼓の音が聞こえてきた。
顔を出して眺めたのが下の写真である。

行列の先頭は太鼓を鳴らす少年3人。複数の太鼓をまるで無節操と思われるタイミングでドンドンジャカジャカと鳴らすのは、シチリアの民俗音楽のCDで聴いたことがある。
CDに録音されていたのは別の町だったが、あちこちに残っているのだろう。
「あれは、この町のオリジナルだよ」と、翌日バールで知り合った男性に教えてもらった。

210920a

行列には地元の人たちが参加しており、最後尾は聖職者たちとマリア像である。
左上にある看板は、B&Bのもの。星3つというのは盛りすぎで、せいぜい2つの設備だなあ。

食事に出かけて、町の中心部でもこの行列に出会った。全部で3分というちょっと長い動画だが、下に貼っておこう。
長い長い行列のあと、ちょうど2:00あたりで、ようやく小型トラックに載せられたマリア像が登場する。

 

そして、晩飯のレストランへアポなし突入。ホテルもない町なので、レストランの数もそう多くない。
一番の人気という店は、なんと休業期間中。しかたがないので、もう一軒の評判がいい店を訪ねた。
味は十分に満足。店にテレビがあるのもイタリア仕様。ヒマなときにそれを店主が見ているのもイタリアあるあるである。

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食事をとる先は限られているのか、この店でB&Bの女性に遭遇。
知り合いの女性と夕食に訪れたようである。

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食後に、もう一度遠景の夜景を拝みに町外れへ。
レストランがあったのは、画面左端の中央あたり。B&Bは、そこから撮影地点との中間あたりである。

2021-09-17

古きよきイタリアを思い出すニコジーア

2017年のシチリアの旅の続き。
カターニアからバスでやってきたのは内陸のにあるエンナ県のニコジーアという町である。
エンナには2000年に行ったことがあるが、ここは初めての訪問だ。日本語のネットではなかなか町の情報が得られず、nocosiaで検索するとキプロスの首都ばかりがヒットする。
それでも、丘の上に広がる町の遠景の写真が気に入って、そのあとに行く予定のガンジへの途上に位置することもあって、ここに宿泊することに決めたのだった。

210903a

ニコジーアはそこそこ大きな町なのにもかかわらず、宿泊施設がわずかしかない。しかも、ホテルがなく、B&Bが3、4軒あるだけで、しかもこのときに営業したのは2軒だけだった。
あまり見どころのない町なのかと思ったのだが、近隣のスペルリンガにも行きたかったので新市街にあるB&Bを2泊予約したした。

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B&Bで待っていたのは30代後半くらいのカップルである。
──いや、行ったときには不在だったから、入口に書いてあった携帯の番号に電話をして、鍵の暗証番号を聞いて私たちが先に建物に入って待っていたのである。
男性はパラグアイ出身だそうだが、南米人によく見られるいい加減さはなく、バランスのとれたイタリア人そのものだった。女性は、なかなか知的で愛想もいい美人である。

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男性は、日本文化に強い興味があるようで、簡単な漢字も知っていた。私としては、日が沈む前に旧市街の全景を見たかったのだが、なかなか解放してくれない。最後には、イタリア語で忍者の由来まで説明しなくてはならなかった。

とてもほのぼのとした30分以上を4人で過ごしたのち、私と妻は夕日が旧市街に当たるところを見ることができた。それが下の動画である。犬の鳴き声、教会の鐘の音、花火の音が入っている。
画面に見える2つの丘のうち、左側の丘の頂上にある教会まで登って撮ったのが、最初の2枚の写真である。

その後、旧市街の中心部に突入。そのときに通るのが、下の2枚の写真の道だが、これが国道なのだ。
イタリアの国道というと、広い道を車がすっ飛ばしていく様子を思い浮かべるが、ここはこんなに狭い。しかも、バイパスでなく、町の中心を貫いているのが興味深かった。

210903e

夕食前で人の行き来が一番多い時間帯なのだが、なんだかやけにおっとりしている。
私が1981年に初めてイタリアに来たときに感じたような雰囲気であった。

使い古された表現ではあるが、まるで時間が泊まったかのような町だ。もっと小さな村ならばそんなところもあったが、これだけの規模の町で21世紀のイタリアでこんな素朴さを残している町は初めてのような気がする。

「大き過ぎず、小さい過ぎず、ちょうどいい規模の町だね!」
翌日、B&Bの男性に言うと、「そうだろう、そうだろう」と納得してくれた。

210903d

そして、道の先で突き当たるのが下の写真の広場である。ここが町の中心だ。道はこの手前で急カーブし、この広場をかすめて遠ざかっていく。
ほどほどの広さの広場の周囲には、そこそこ立派な建物が建っているのが、やはりイタリアである。
そして広場には、南イタリア名物の親爺軍団が集っていた。テーブルの上にはビールが載っていたり、何も載っていなかったり。

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こんな町に東洋人の夫婦が旅行で訪れるなんて、さぞかし珍しいことだろう。
そんな私たちに対して、特別な好奇心を見せることはないが、しかし興味を示している感じ。妻がカメラを向けると、おじさんたちが揃って立ち上がったり手を振ってくれたりする。

到着して2時間も経っていなかったが、一気にこの町が好きになってしまった。
バックに見える岩山には翌日に登ることにして、宿で疲れをしばし癒したのち、晩飯に出かけることにした。

2021-08-30

カターニアから路線バスでシチリア内陸へ

カターニア空港から帰国の途につく友人夫妻と別れて、われわれはカターニアのバスターミナルから内陸へ。目指すはニコジーア(Nicosia)という町である。
カターニアは地元の黒っぽい石でできた建物が多いため、全体に暗い印象の町だったのだが、来るたびに垢抜けてくる感じである。

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昔来たときは、道路からバスがひっきりなしに発着していたが、今では一応バスターミナルができていた。
とはいえ、単に更地を塀で囲って、その一辺に屋根を付けだけという感じ。
切符売場は外にあって、建物がバス会社別になっているものだから、旅行者にはわかりにくい。乗るときは、行き先だけでなくバス会社もしっかりとメモしておくことをお勧めする。
もっとも、この旅をした2017年は、ニコジーアまでSais Trasporto社が1日3往復運行していたはずだが、今調べてみるとInterbus社が運行しているようで、しかも2往復に減ってしまったようだ。まあ、イタリアではよくあることだ。

210830b

ニコジーアまでは2時間の道のりである。
ごみごみしたカターニアの市街を抜けると、ほどなくシチリアの茫漠とした丘陵が車窓に広がる。
やがて、左手のはるかかなたに、見覚えのある丘が現れた。左がエンナ(Enna)、右がカラシベッタ(Calascibetta)だ。
「あそこに行ったのは、2000年だったっけ。あっという間の年月だなあ……」としみじみ。

210830c

ニコジーアに到着する20分くらい前に通過したのが、このレオンフォルテ(Leonforte)の町。車窓から見ただけで気に入ってしまった。
あとで知ったのだ、かつてはここまでイタリア国鉄の路線が走っていたそうだ。こんなところに何のために……と思ったら、シチリアでは硫黄を運ぶためのローカル線があちこちにあったとのこと。そんな時代に訪れてみたかった。

 

2021-08-28

絶壁の町カステルモーラから徒歩で下山

タオルミーナのギリシャ劇場から海を背にして町を望むと、背後の断崖絶壁の上に町が見える。それがカステルモーラ(Castelmola)だ。前回のタオルミーナ訪問では行きそびれたので、2017年の旅では真っ先に向かうことにした。

メッシーナ門近くから30分おきにバスが発車していた。まさに断崖につけられた道を、右に左にカーブしながら20分ほどで到着。

町の展望台サンタントニオ広場

絶壁の上にはちょっとした広場があって、すがすがしい眺めである。険しい狭い山道を登り、よくぞこの広場までバスが乗り入れてくるものである。
観光バスで訪れる人が多いようだが、絶景を眺める以外にはあまりやることがない。土産物屋もそれほど多くなく、レストランに入るのでなければ長居をすることもないのだろう。観光バスの到着直後は広場が人でいっぱいになるが、バスがいなくなるとこのように静かになる。

ドゥオーモ前広場

とはいえ、そのまま帰るのではおもしろくない。しばし、小さな小さな町を散策したのち、タオルミーナまで徒歩で下っていくことにした。もちろん、私が密かに考えていたアイデアである。

大回りしていく車道とは違って、人の通る道はハイキングコースのようになっていて短距離で降りていける。住宅街を抜けると、目の前に海が広がり、眼下にはタオルミーナの全景が出現する。

歩きはじめたときは曇っていたが、この動画を撮る直前に夕日が顔を出していい感じになった。最後はエトナ山が見えるはずなのだが、薄雲と逆光で霞んでしまった。 

サン・ビアージョ教会

ハイキングコースには、こんなかわいい教会もあった。車道ができる前は、人びとはこの道を歩いて上下していたのだろうか。

カステルモーラを見上げる

バックの丘というか絶壁の上に建物が見えるが、あそこから降りてきたのである。
タオルミーナに戻ると、まさに下界に降りてきたという感じ。夕景を見ようとすごい人出であった。

B&Bの女主人に「カステルモーラから歩いて降りてきたよ」といったら、ちょっと驚いたようだったが、にっこりと微笑んでくれた。
その晩は、彼女が勧めてくれた宿近くのトラットリーアで、1人25ユーロの海の幸コースを堪能した私たちであった

2021-08-26

タオルミーナで順光のギリシャ劇場を見る

何度目かの緊急事態宣言が発出中で、海外はおろか日本国内も気ままに旅ができない今日この頃。
ブログに書いてこなかったここ数年のイタリア旅を、ざっと振り返ってみたい。
まずは、2017年9月のシチリア旅行から。

目的は友人夫妻の結婚記念写真を撮りに、シチリア南西部のシラクーサ、ラグーザ、モディカなどをめぐるところからはじまった。
その目的もはたして、当の新婚夫婦と私の妻と4人でやってきたのがタオルミーナ。

タオルミーナ・ジャルディーニ駅

地中海に面したクラシックな駅は40年前に初めて訪れたときのままで、行き交う車両だけが新しくなっている。
タオルミーナは丘の上にあるので、ここからタクシーで向かった。

メッシーナ門近く

旧市街の東の入口にあたるメッシーナ門近く。ここは門の外なので、バスや一般車両も走っている。
1泊の宿は、門を入ってすぐのこぎれいなB&Bだ。

4月9日広場

さすがに、イタリアでも有数の観光地である。夕方になると、狭い通りは人でぎっしり。
地中海の夕景を見ようと、4月9日広場にはたくさんの観光客が集まっていた。
週末とはいえ、9月に入ってもこれなのだから、7月や8月はさぞかし賑わっていたのだろうと想像する。

ギリシャ劇場

わざわざタオルミーナに泊まったのは、友人夫妻がカターニア空港から帰るのに便利なこともあったが、ギリシャ劇場を順光で写真に撮りたいという理由もあった。
前回、日帰りで立ち寄った悟ったのだが、エトナ山をバックにすると午後はもろに逆光になってしまうのだ。方角を考えると、順光で撮るのは朝一番で訪れるしかない。

というわけで撮ったのがこの写真なのだが、よく見るとわかるように客席がしつらえてある。この夜、イタリアのベテラン歌手レナート・ゼロのコンサートがあると知ったのは、前夜Facebookでタオルミーナにいることを書いたときに、イタリア人の知人から受け取ったコメントであった。
1980年代からレナート・ゼロは好きな歌手なのだが、切符を買っていないからコンサートが見られるわけではない。それよりも、観光写真としてストックするには、余計なものが入ってしまったのが複雑な気持ちである。

丘の上の町と海岸を結ぶロープウェイ

そして、これは丘の上の町と海岸を結ぶロープウェイ。
日本のロープウェイは等間隔でひっきりなしに発車するのが一般的だが、ヨーロッパではこのように複数の搬器が連なって進むものが多いようだ。

2017-02-24

Nikkei Styleトラベル「イタリア鉄道旅」公開

このブログも、すっかり記事公開の紹介と化してしまいましたが……。

ローマ・ティブルティーナ駅のフレッチャ・ロッサ

「NikkeiStyleトラベル」のサイトで、23日に今月の記事が公開されました。
今回は「イタリア鉄道旅 新しい顔と昔ながらの風景を楽しむ」です。

最近の特急列車、ローカル線の新車、客車ごと船に積み込まれるメッシーナ海峡の連絡船、知られざる北イタリアのローカル線を紹介しています。
ン十年前に初めて食べたアランチーノ(ライスコロッケ)の思い出も付いています。
ちょっと長いのですが、ぜひご覧ください。


2016-10-27

「Nikkei Style トラベル」に記事が載りました

こんにちは。
すっかりごぶさたしています。
元気にしておりますが、本業が忙しすぎて、なかなか更新できないですみません。

ピエトラペルトーザ

きょう、日経電子版の「Nikkei Style→トラベル」に私の駄文が載りました。
題して、「不便で楽しい イタリアの田舎 路線バスの旅

おひまなときにご覧ください。
イタリアの路線バスに乗ったときのドタバタ劇が書かれています。

2015-09-07

趣深いシチリア南岸のバスの車窓

旅から帰ってきて印象に残っている光景というのは、目をこらしながらじっくり歩いた町の様子や、町のバールやレストランで出会った人びととの交流はもちろんなのだが、一つの町から次の町までの移動の間に、車窓から見えた名前も知らない町の風景だったりする。

とはいえ、バスの窓から見えるのは一瞬だから、旅から帰って時間が経つと、だんだんと記憶が薄れていくのが普通である。
だが、それがなんとなく惜しいと思い、最近ではバスの先頭に陣取って、印象的な町の風景を撮るようになったのだ。
今回は、そんな写真のいくつかを紹介したい。

パルマ・ディ・モンテキアーロ

2014年9月19日は、アグリジェントからモディカ(Modica)まで、100km以上の移動となった。
まずは、アグリジェント11時発、SAL社のバスでリカータ(Licata)へ。
その途中にあったのが、パルマ・ディ・モンテキアーロ(Palma di Montechiaro)という丘上の町。
上から順に3枚の写真がそれである。

ちなみに、生ハムやチーズで有名なエミリア・ロマーニャ州のパルマとは関係がない。あちらの綴りは、Parmaだが、こちらは「手のひら」と同じPalmaである。

パルマ・ディ・モンテキアーロ

国道を左折するとまもなく、バスは急坂を登る。そして、とても大型バスが通るとは思えないような狭い道を、右に左に曲がると、いきなり目の前に上の写真のようなシチリア・バロック洋式の見事な教会が現れた。

帰国してから調べてみると、聖母教会(キエーザ・マードレ)とのことで、現在は手前の部分が工事中だが、本来は教会前に階段があって、それはそれは素敵な空間のようだ。

パルマ・ディ・モンテキアーロ

そして、再び狭い道を左右に曲がった末にバスが停車したのが、この小さな広場。
これもあとから調べたのだが、この町の人口は約2万4000人というから、結構な規模である。

でも、本当に狭い道ばかり。そして、中心のバス停が、この味わい深い小さな広場というのが興味深かった。次回は、ぜひ途中下車して再訪したい町である。

リカータ

アグリジェントから1時間、ちょうど12時に到着したのがリカータの町。こちらは、街道が町を貫いているので交通量の多い広い道もあり、もちろんバスターミナルもある。
とくに観光地があるわけではないが、港もあってそこそこ町は賑わっている。
こんな町にマフィアが多いんじゃないかな、とふと思った。もっとも、それはあくまでも私の想像なので、軽々に信用しないように。

さて、ここから鉄道に乗れば、ジェーラ(Gela)乗り換えで、今日の目的地のモディカ(Modica)まで行けるはずなのだが、駅に行ってみるとやはり列車はバス代行になっていた。
必死になって貼り紙を解読すると、代行バスの停車場は駅近くの表通りにあるというのだが、はたしていったいどこにあるのか。

リカータのバスターミナル

あっちのバールで聞き、さっきのバスターミナルに戻って聞いたのだが、どうも要領を得ない。
もっとも、代行バスじゃなくて、通常の路線バスもジェーラ行きがあるので問題はないのだが、この代行バスに乗れば、ジェーラで確実にモディカ行きに接続できるのだ。
路線バスのジェーラ行きは、ジェーラでの接続時間が15分しかないので、イタリアでは非常に不安なのである。

どうやら、駅にたたずんでいた南インド系と思われる青年も、この代行バスに乗るらしいことを突き止めて、奇跡的に代行バスを見つけることができた。
それは、言われなくては絶対に気づかないミニバス……というよりもワゴン車であった。確かに、小さく代行バスの貼り紙がしてあったが……。

ミニバスの乗客は、結局われわれ2人とそのお兄さんの3人。そこに、運転手1人と車掌役1人がいて、総勢5人。狭い車内に大きな荷物を持ち込んで身動きがとれなかったので、残念ながら写真を撮る余裕がなかった。
でも、茫漠とした野原を、イタリア人の運転手と車掌、南インド系の青年、日本人夫婦を乗せたミニバスが疾走していく様子は、今も瞼の裏にしっかりと残っている。

コミゾ

さて、ジェーラに着いたら一安心。ここからは、7年前にバスでモディカまで乗ったことがある。
前回は工事のために代行バスになってしまったが、今は列車が走っているので、今回こそはラグーザ~モディカの雄大な車窓が眺められるぞ……と期待していた。

ところがである。何の因果か、私たちの乗る14時24分発の列車は、またもや代行バスになってしまった。
なぜか、また工事のためらしい。どうやら、列車に確実に乗るには、朝夕の通勤通学の時間に来るのが正解のようだ。
ちなみに、乗換時間がないために避けたリカータ発の路線バスだが、きちんと時刻通りにジェーラに着いたようで驚いた。
まあ、いいか。ミニバスでおもしろい体験ができたし、ジェーラ駅の構内のバールでゆったりとワインを飲むことができたから。

モディカ


というわけで、残念ながらまたバスなのだが、まあこれはこれでおもしろい。
代行バスの運転手は、国道で一直線にラグーザやモディカに行く道は知っていても、いちいち途中駅の駅前に立ち寄るルートは不案内らしい。
国鉄(イタリア鉄道)の社員らしきおじさんがそばについて、「次の道を左」だとか「駅に客が待っているかもしれないから、クラクションを鳴らしてみて」とアドバイスしている。

どこかの町だったか、とうとうそのおじさんも道に迷ってしまったようで、旧市街の狭い道で立ち往生。近くにいた車の運転手や地元の人に道を聞いていた。急がない旅なので、こんなのを見ているのもおもしろい。

モディカ


ジェーラ出発時には20人近くいた乗客も、一人降り、二人降りして、コミゾを過ぎるともう私たち2人だけ。
ラグーザからモディカに向かう雄大な景色を、のんびりと眺めることができた。

終点のモディカ駅は町外れ。田舎の路線バスならば、たいていどこでも途中で降ろしてくれるのだが、国鉄代行バスはそうはいかない。その日に泊まる宿の前をすーっと通りすぎて、坂下に位置する駅に16時20分すぎに到着した。

最後の写真は、モディカ駅前でバスの運転手をパチリ。お疲れさまでした。

2015-09-04

古代ギリシャの残り香 アグリジェント

後ろ髪を引かれる思いでシャッカをあとにして、向かったのはギリシャ遺跡で有名なアグリジェント(Agrigento)。
バスで1時間弱の道のりである。

シャッカ郊外

ここまでは、トラーパニ、マルサーラ、シャッカと、アラブの雰囲気か色濃く残るシチリア西部の町をめぐってきたが、アグリジェント周辺はギリシャの影響が強い町である。
もちろん、ノルマン時代の遺跡やら、スペイン支配の名残もあったりして、だからシチリアはおもしろい。文字通り、文明の十字路なのだ。

アグリジェント駅

と、偉そうにいっているが、個人的には古い遺跡よりも、今の町の様子やそこに住む人を見るのが好きである。
まあ、そんなことは、2007年に訪れたときのブログ記事神殿もいいけれど・アグリジェントにも書いたっけ。

アグリジェント市街

町の目抜き通りには、アテネア通りという名前がついていて、いかにもギリシャの影響を思わせるが、1泊だけで通りすぎるような観光客には、町なかにギリシャっぽさはあまり感じられない。

イタリア国内でギリシャっぽさを競うならば、2006年に訪れたカラブリア州南部のボーヴァに勝る町はないだろうなあと思う。
なにしろ、あっちは今でもギリシャ語の方言を話しているというのだから筋金入りである。

コンコルディア神殿

そうはいっても、アグリジェント初訪問の妻がいるから、どうしても神殿の谷見学は外せないところである。
ちょうどいい具合に日が傾き、コンコルディア神殿は西日を正面に浴びていた。
夕方になると観光客の数も減ってきて、のんびり見ることができたのはよかったといえよう。

アグリジェント市街遠景

とはいえ、やはり私にとっては、遺跡から見えるアグリジェントの市街地に心ひかれるところである。
それが、上の写真。

そうそう、この町では、シチリアに来て初めて日本人に会った。
1組2人だけだけど。

アグリジェント市街

アグリジェントの宿は、旧市街の狭い道(上の写真)に面したB&B。外から見ると狭苦しいようだが、中庭もあってこぎれいな宿だ。
ようやく、イタリアでもこうしたB&Bに泊まれるようになったのは喜ばしいことである。

もっとも、B&Bが増えたきっかけは、どうやらイタリアの経済低迷のようだ。
ここアグリジェントの宿は、地元の奥さんやお姉さんが中心で運営していたし、トラーパニのアパートは地元の兄弟が運営していた。
いかにも素人っぽくて不慣れと見える点もないことはないが、ホテルにはない親しみやすさが魅力である。

2015-09-01

シャッカで映画「誘惑されて捨てられて」の舞台めぐり

シャッカ(Sciacca)は、1964年に公開されたイタリア映画「誘惑されて捨てられて」(原題:Sedotta e abbandonata)の舞台になっている。
なんとも身も蓋もない邦題だが、「鉄道員」や「刑事」など、古いイタリア映画ファンには懐かしいピエトロ・ジェルミ監督の映画で、シチリアの古い慣習に対する風刺がテーマとなっている。

何年か前、その映画のタイトル部分がYou Tubeにアップされていることを、知人のM杉氏から聞いた。
それが、下の動画である。
すぐに音楽が鳴り出すので注意

カルロ・ルスティケッリの哀愁ただようメロディとともに、半世紀前のシャッカの旧市街が描かれて、心臓の奥がキュッと収縮するような魅力を感じる。

せっかくシャッカに行くのだから、この動画に描かれた場所を尋ねてみようと思い、日本にいるときからグーグルストリートビューで場所の見当をつけておいたのである。
それぞれの写真のコメントの最後に付けた数字は、緯度と経度である。これをコピーしてグーグルマップの入力欄に入れると、その場所が示される。

ただ、冒頭に登場する場所はわからなかった。坂がなくてこんな広々とした交差点は旧市街にはなかったような気がする。
それはさておき、すべて計算されているのだろう、馬と歩行者と自動車(フィアット チンクェチェント)が行き交う間合いがじつに見事。
*その後、M杉氏の指摘により、一番下で紹介するバディア・グランデ教会前の広場から、真南の方向を見て撮ったものだと判明。周囲の雰囲気がまるで変わってしまっていたので、不覚にもわかりませんでした……。
37.510399, 13.085289

シャッカ旧市街

0:10~
ステファニア・サンドレッリが上ってくる階段である。
旧市街のなかでも古い地区なのだろうか。一番ごちゃごちゃした地区から、旧市街中心の広場に達する階段だ。遠くに海が見える。
37.509165, 13.084856

シャッカ旧市街

0:23~
坂を上ってくる道が、城跡下の尾根道と交差して階段となっているところ。
遠近感がなかなかいい。
ちなみに、前の場面からはかなり場所が飛んでしまっているが、そこはフィクションなので目をつぶろう(笑)
37.508708, 13.086931

シャッカ旧市街

0:29~、0:36~
ここでまた下に少し降りてしまった(笑)
ここは、連続する2つの場面で方向を変えて使用されている。
写真中央右の縦長の細い窓の建物(小さな教会?)が、どちらにも登場するのでわかる。
0:29からの場面では、その建物から遠ざかっているのに、0:36の場面では右から左へ横切っていくのがおもしろい。
ぐるっと1周してきたのかな。
小さな橋の上で、向こうから車がやってくるタイミングも絶妙。
37.507871, 13.086122

シャッカ旧市街

0:57~
いよいよ旧市街の中心部に向かう。
この前のシーンから道順を調べていくと、まっすぐな道を歩かないで、左右に路地を行ったり来たりしていることになるのが、またおもしろい。
もちろん、映像を見てそんなことがわかるのは、地元の人くらいだろうが。

道の突き当たりに見えるのが、次のシーンでも登場するバディア・グランデ教会。
映画では鐘楼の窓がいくつか埋められているようだ。
37.509807, 13.085894

バディア・グランデ教会

1:00~
大きな広場の中心に位置するバディア・グランデ教会。
この教会をバックに、ステファニア・サンドレッリのアップが続く。
37.509881, 13.085125

映画のロケ地めぐりや小説・マンガの舞台めぐりなどというのは、あまりやらないのだが、たまにやってみるとおもしろいものである。

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