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2022-12-10

胎内市中条の町並みと料亭(2)

胎内市という名前は、かなりインパクトがある。市内を流れる胎内川に由来しているとのことだが、では胎内川はなぜそんな名前なのか。
どうやら、渇水期には扇状地で伏流水となって水が見えなくなり、河口近くになって再び水が出てくることが、母の「胎内」から出てくる様子を連想させたのではないかとのこと。
ほかにも諸説あるようで、アイヌ語の語源説もあるそうだが、こちらは近年になって否定されたようだ。

料亭 南都屋

さて、前回紹介した国指定文化財の蔵の向かいには、「南都屋」という立派な料亭がある。ランチもやっているようで、裏口近くを通るとぷうんといい香りが漂ってきた。

割烹 小川

本町通りから裏通りに入り、足の向くままぶらぶらしていたら、またもや趣深い料理屋があった。「割烹 市丸」という看板が出ていた。
それほど大きくない町なのだが、50mほど離れた場所に立派な料亭と割烹があるのには驚いた。だが、さらに50mほど歩くと、また別の割烹が姿を表したのにはびっくりした。

熊野若宮神社

地元の人たちが割と気軽に冠婚葬祭で利用するのだろうか。これだけの料亭・割烹がやっていけるのだから奥が深い。
割烹小川から100mほど進むと熊野若宮神社があった。塀や土塁もなく開放的なのが心地よい。

熊野若宮神社

これは、熊野若宮神社の脇を流れる水路。神社は写真の左側にあたる。
水路の脇には、昭和42年8月28日の羽越水害について記された看板が立っていた。
胎内川の氾濫や支流の土石流によって死者・行方不明者46人、重軽傷者275人、住宅全半壊313棟、床上・床下浸水約6000棟という大きな被害を受けたという。ネットで写真を見ることができるが、大変な災害であったことがわかる。

中条駅

小一時間のぶらぶら散歩を終えて中条駅前に戻ってきた。
改めて駅前を見ると、こんな幕が下がっていた。「微細米粉発祥の地」が、かなりの自慢のようである。調べて見ると、胎内市は1998年に日本で最初に米粉専用の製粉工場ができた「米粉発祥の地」だそうだ。

これまで、胎内市というと強風やフェーン現象による高温などで名前を聞くことがあったが、今回ようやくこの目で見ることができた。山のほうに行くと、スキー場やクラフトビールの醸造所もあると知った。

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著書

  • 『ようこそシベリア鉄道へ』(天夢人)
  • 『定点写真でめぐる東京と日本の町並み』(青春出版社)
  • 『日本懐かし駅舎大全』(辰巳出版)
  • 『鉄道黄金時代 1970s──ディスカバージャパン・メモリーズ』(日経BP社)
  • 『国鉄風景の30年―写真で比べる昭和と今』(技報堂出版)
  • 『全国フシギ乗り物ツアー』(山海堂)
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