長崎県北の離島 的山大島に上陸
的山大島は、到着直前まで「まとやまおおしま」と読むのだと信じて疑わなかった。
しかし、島に到着直前、船内放送で「まもなく○○港に……」という放送がある。○○はまったく意外な地名だったので、聞き取れなかったのだけれど、すぐに検索してわかった。
「まとやま」ではなく「あづち」と読むのだ。弓矢で的をかける山をつくるために、土を編むようにして固めた「編む土」が語源だそうで、編む土が短くなって「あづち」となり、「的山」の漢字に当てられたらしい。
平戸港の切符売場で、「まとやま大島」と言わなくて本当によかったと胸をなでおろす。なんだか嫌な予感がしたんだよね。この近隣では「大島」だけで通じるようだったので、なるべく余計なことを言わずに切符を買おうとしたのが正解だった。
平戸桟橋から40分ほどで、的山大島の的山港に到着である。この島は、かつては捕鯨で賑わっていたのだという。
島と平戸を結ぶのは、1日5往復のこのフェリーだけである。私が乗ったのは平戸港10時20分発の第2便だった。
先頭には給水車、そのあとにはヤマト運輸のトラックと、インフラを担う車両が下船を待つ。
港には島内循環のマイクロバス(大島バス)が待っていることは、事前に調べてある。
島内の主要な集落には、どこも直線距離で2~3kmほどだが、かなりの山道なのでとても徒歩ではめぐることができそうにない。
料金は100円。地元のおじさん、おばさん4、5人にまじって乗客となった。
予想以上に山がちの島で、道は右に左に上に下にくねくねの連続。途中でいくつもの港に立ち寄る。
この島の主な集落は、みな港に面したところにできており、その背後に見事な棚田をあちこちで見ることができた。
そして、終点の神浦(こうのうら)地区に到着。ここには古い町並みが残り、重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。
ここまで乗ってきたのは、ほかに2人ほど。
「観光で来たんですよね」と車掌役の男性が私に向かって言う。
平戸港の窓口横に張ってあった来島自粛お願いの紙を思い出してドキッとしたが、男性はこう続けた。
「だったら、ここで降りるといいですよ」
せっかくなので終点まで乗っていこうと思っていたのだが、そう言われたらしかたがない。
水辺の美しい景色が見えるバス停で降りた。バスは小さな橋を渡って、岬の突端へ向かっていった。
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