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2022年11月の11件の記事

2022-11-27

越後線と弥彦線が交差する吉田駅

吉田町の目抜き通りをぶらぶら歩き、JR吉田駅に到着したころにはかなり日が傾いていた。
あとは宿泊地の新潟市中心部に戻るだけである。

吉田駅の駅舎

吉田駅は越後線と弥彦線が交差する駅で、幹線の駅ではないが駅舎は大きい。
駅前にはタクシーが何台も客待ちをしていた。

吉田駅の駅名票

2つの路線が交差するために、駅名票もこんな感じ。
越後線、弥彦線とも、吉田を始発・終点とする列車も多い。

吉田駅の構内

かつては長編成の列車も発着したのだろう。ホームはかなり長い。
新潟市内や三条市内へ通勤通学している人も多いようだ。
帰りの新潟行きは、夕方ということもあってかなりの乗車率。新潟到着前に超満員となった。

新潟駅前の富寿司にて

晩飯は新潟駅前のすし屋へ。
いきたいと思っていた店が満員で、結局何度も行ったことがある「富寿司」へ。
ここはかなりの広さの店で、一人でも気軽に食べられるのがいい。タブレットで注文するシステムになっていた。
翌日は、三条、燕へのぶらぶら歩きである。

2022-11-26

燕市吉田町の町並み(2)雁木のある商店街

今井家のある吉田下町から駅前に向かっていくと、徐々に店舗が増えていく。

吉田中町の雁木

吉田中町あたりがこの地区の中心部のようである。
沿道にはところどころに風格のある木造の商家が残っており、そんな家の前では雁木の柱も木のままである。

吉田中町の商店街

とはいえ、そうした雁木は飛び飛びにしかなくて、だいたいは上の写真の手前側のように今どきのアーケードになっている。
まあ、強度の点からいってもそれはいたしかたないだろう。

吉田中町の商店街

酒屋の軒下には、こんな日本酒の看板が掲げてあった。
看板をもっと上にしてしまうと、雁木があって見えなくなるからだろう。

吉田中町の商店街

これはだいぶ駅に近いところにあった家。
妻入りであるうえに、かなり間口が広いので豪壮なイメージがいやましである。
かつては何か商売を営んでいたのか。

ご多分にもれず、商店街のあちこちでシャッターが閉まったままになっているが、それでもこの規模の町としてはしっかりと多くの店舗が営業を続けているのを見て、人ごとながらほっとするのであった。

2022-11-25

燕市吉田町の町並み(1)「越後の鹿鳴館」にビックリ

弥彦の帰りに立ち寄ったのは吉田町。現在は合併によって燕市の一部になったとは、現地に行ってから知った。
ミニバスを降りてまず向かったのは、商店街の北東端にあたる吉田下町。

今井家住宅

どんな建物があるのかも知らずに行ったのだが、なんといっても目を引いたのはこれ。
長岡藩の御用商人として栄え、明治維新後もさまざまな事業で活躍した今井家の建物群だ。国指定の重要文化財である。
上の写真の中央にある豪壮な日本家屋が母屋。江戸後期の建築だという。

越後の鹿鳴館

向かって左側の煉瓦造りの建物は、明治半ばに建てられた接客や商談のための応接棟である。
内部の洋室は、シャンデリアをはじめとする重厚華麗な内装が残されているそうで、「越後の鹿鳴館」と呼ばれているのだとか。
鹿鳴館といっても、なかでダンスをしたわけではないだろうが。
外壁に書かれた「香林堂」というのは、戦後に興した置き薬事業で使われた名称だという。

旧・今井銀行

今井邸に向かって右側には、旧・今井銀行の建物がある。
大正期の建物で煉瓦造3階建。外壁は赤煉瓦ではなく焼過煉瓦(やきすぎれんが)というものを使っているらしい。

旧・今井銀行入口

入口はふさがれているが、入口上にある人面がなかなか味わい深い。
さらに、吉田町の商店街を駅の方向に向かっていく。

 

2022-11-24

弥彦神社の境内へ

弥彦駅まで乗って弥彦神社に参拝しないというのもなんなので、ひとまず行ってみた。
駅からは徒歩15分ほど。なんとなくわびしい雰囲気を想像していたけれど、案に相違して紅葉を見にいく善男善女で満員!
参道から境内までは、菊祭りとかで大小さまざまな菊が飾ってあった。
弥彦神社

立派な本殿には驚いた。その境内で菊をめでる善女(たぶん)たちの写真である。
何百何千というご自慢の菊が集結して、名前を見ると老若男女さまざま。小学生の作品もあり、これもまたマニアの世界と知る。

弥彦神社

本殿の参拝は行列をなしており、かなりの時間がかかりそうなので割愛。
神社裏から山頂に向かうロープウェイも込んでいそうなので省略。
神社の本殿に尻を向けて、人びとと菊を撮影しながら駅に戻ってきた。

弥彦村のマンホール

ちなみに、ここの行政区域は新潟県西蒲原群弥彦村。その弥彦村のマンホーがこれ。
弥彦山の桜とロープウェイがあしらってあるのはともかく、下に大きく描かれているのが競輪である。
この村には、日本で唯一、村営の競輪場があるのだそうだ。

100円バス

駅に戻ってきたが次の列車までは30分以上ある。
せっかくだからと、弥彦駅前から100円で乗れる広域循環バス「やひこ号」に乗って吉田駅に移動することにした。
1日5往復の貴重なコミュニティバスで、公共施設やらなにやらとあちこち立ち寄るものだから、結局吉田駅に着くのは列車とほぼ変わらなかった。
吉田駅では降りずに、古い建物が残るという中心部の商店街近くまで乗ることにした。

2022-11-23

弥彦駅から弥彦神社までぶらぶら歩き

長岡市摂田屋地区徘徊のあとは、人生初の弥彦線に乗車した。吉田~弥彦間が未乗区間だった。
私はけっして鉄道オタクじゃないから、まだ乗り残している路線があるのだ。
でも、関東甲信越のJR線ではこれが最後かな。

JR弥彦線弥彦駅

この神社本殿そのままに見えるのがJR弥彦駅の駅舎!
弥彦線吉田~弥彦間は日中1時間に1本も走らない寂しいローカル線だと思っていたら、なんと弥彦神社に紅葉を見にいく善男善女で満員だった。
しかも、電化されているではないか。けっして鉄道オタクではないけれど(しつこい)知らなかった。

松の屋食堂

せっかくここまで来たのだからと、折り返しの電車が出るまでの1時間で弥彦の参道をぶらぶら。
参道には、そこそこ味わい深い建物があった。
これは「松の屋食堂」。今はラーメンがメインとなっているようだ。

弥彦館 冥加屋

これも参道の建物。新しめだが趣深い。
旅館の「弥彦館 冥加屋」だ。

2022-11-22

酵母が香る長岡市摂田屋の町並み(3)

摂田屋地区には酒造所と味噌醤油醸造所がそれぞれ何軒もあり、歩いていると入れ代わり立ち代わりさまざまな香りが漂ってくるのがおもしろい。

星六味噌店

これは表通りに面した「星六味噌店」
板壁の味わい深い商家だ。

星野本店

味噌醤油醸造所「星野本店」があるのは、中心部からやや離れたところ。
正面に大きな醸造樽が置かれているのが見える。

長谷川酒醸

星野本店の先にあるのが、この「長谷川酒造」。「越後 雪紅梅」などの日本酒をつくっている酒造所だ。
風格ある母屋や蔵、作業所の建物が固まって建っていた。

もう1軒、有名な「吉乃川酒造」も、ここ摂田屋にある。
蔵や醸造所が建ち並ぶ裏道を歩いていると、ぷうんと酒の香りがしてきて、それだけで朝っぱらから気持ちよくなってしまった。

宮内駅前の標語

小一時間のぶらぶら歩きを終えて宮内駅に戻る。
駅入口の自転車置場に立っていたのがこの看板。
ら行の音が4つも続くのか!? 長岡あたりの方言なのだろうか。

2022-11-21

酵母が香る長岡市摂田屋の町並み(2)

摂田屋地区の北の端、宮内駅に近い側にあるのが醤油醸造所「越のむらさき」

醤油醸造所「越のむらさき」

赤煉瓦の煙突が味わい深い。まだ朝早かったので客の姿は見えない。
2泊3日とはいえ、旅ははじまったばかりなので醤油を買うのはやめておいた。

醤油醸造所「越のむらさき」と竹駒神社

堂々とした商家づくりの木造家屋である。右手に見えるのが竹駒神社。
近所の中年女性がやってきて手を合わせていた。
実は、この商家と神社の間の狭い道が、旧三国街道だという。

旧三国街道

その旧三国街道を進んでいくと、まるで醤油工場の敷地内のような感じ。
新旧の建物と設備の調和が素敵である。
ここを歩いていると、まさに大豆をつぶしたような香りが漂ってくる。
そして、工場が途切れることなく続いていると思ったら、いつのまにか清酒「吉乃川酒造」の工場になっていた。

2022-11-20

酵母が香る長岡市摂田屋の町並み(1)

新型コロナのおかげで海外に出ないこと3年間。
その間、コロナ流行の合間を縫って日本の各地をめぐっていました。
メインテーマは町並み。鉄道、路線バスを駆使したうえで、ひらすら歩いてぶらぶらと徘徊した記録を残しておきます。

旧・機那サフラン酒本舗

まずは、2022年11月、行ってきたばかりの新潟県中越・下越2泊3日の旅から。
最初に下車したのは、長岡の1つ手前の宮内駅。鉄道マニアには、上越線の書類上の終点としてのみ知られている駅だが、徒歩10分の摂田屋(せったや)地区は、酒蔵と味噌蔵と醤油蔵が何軒も集中している「発酵の町」。

旧・機那サフラン酒本舗の蔵

第一の目標は、この旧・機那サフラン酒本舗。
創業者にして産業王と呼ばれた吉澤仁太郎が建てたこの蔵は、カラフルで見事な鏝絵(こてえ)たっぷり。
前から見ても横から見ても、装飾が目を見張る。

サフラン酒

庭園が工事中とのことで見られなかったのは残念だが、敷地にはほかにも蔵があったり、売店があったりと楽しめた。
やはり、吉澤仁太郎が巨万の富を築くきっかけとなった「サフラン酒」は外せない。
薬草をつけこんだリキュールで、ほどよい甘みと苦みがくせになりそう。
食前酒としておすすめ。

2022-11-17

フォンニの町にも壁画がいっぱい

オルゴーゾロをぶらぶら歩いているうちに、熱っぽくなり、体がだるくなってきた。
バールで椅子に座ってもビールを飲みたくならないのだから、かなりの重症であると自己診断した。
もとより、旅の前から妻がゴホゴホいっていたから、間違いなくその風邪がうつったのだろう。
新型コロナが流行する前の話である。

宿としている旅行者用アパートに戻ったらすぐに、風邪薬を飲んでふとんをかぶってひたすら寝ることにした。

旧市街へ向かう坂道

そのおかげか、翌朝まで何度もびっしょりと発汗してすっきり。
旅先にいるほうが風邪からの回復力が強いというのが、以前からの個人的な経験則である。

まあ、翌日は多少大事をとって昼前くらいから動き出す。
そして、いくつかの候補のなかからフォンニの町に向かうことにした。マモイアーダの先にあり、ヌーオロから路線バスで約40分。1日に8往復ほどが走っている。

広場の壁画

バスの終点から少し歩いたところにあった広場。
やはり、この町にもあちこちに壁画がある。右側では子どもたちが壁画に見入っているようだが……。
なんかちょっとおかしい。

広場の壁画

よく見ると、だまし絵だった!
なかなかよくできている。

町の教会

ごちゃごちゃしているが静かな旧市街をうろうろしていると、急に視界が開けてこの教会が目に入った。
シンプルな外観のサン・ジョバンニ・バッティスタ教会である。

教会前の広場

そして、サン・ジョバンニ・バッティスタ教会の前の広場。
教会に尻を向けて撮った写真である。
乾燥した空気のおかげで、写真もクリアに写る。

ヨーロッパ広場

ようやく腹が減ってきたので、旧市街の中心らしきヨーロッパ広場にやってきた。
ちょうどそこに現れたのが20台近いバイクの軍団。ナンバープレートを見るとドイツからやってきた人たちらしい。
「この町にもドイツ人旅行者か。ゲルマンの恐いあんちゃんたちだったら、同じ店に入るのは嫌だなあ……」
からまれないようにと遠巻きに眺める私。

彼らは、まさに私たちが入ろうとしていたカフェテラスに向かおうとしている。
そして、ヘルメットを取った姿を見てびっくり!
みんな、かなりいい年をしたおじさん、おばさんばかりだった。

おじさんの壁画

と、そんなわけで、ドイツ人のおじおばたちに交じって、病み上がりのぼーっとした頭でビールを飲んで軽い食事をとった私であった。
これがサルデーニャ島最後の訪問地フォンニでのささやかな顛末である。
上の写真ももちろん壁画。
昔ながらの服装の人はほとんどいなかったが、こんな感じの人はよく目にした旅であった。

2022-11-15

壁画だらけのオルゴーゾロ

サルデーニャの「なまはげ」を見たマモイアーダの次に訪れたのはオルゴーゾロの町。
ヌーオロのバスターミナルから所要35分。平日は1日に10往復近くが運行されている。

オルゴーゾロ遠景

地図もガイドブックも持たず、頼りにするのはスマホに入れたGoogleマップだけである。
まあ、小さな町なのでそれほど問題ない。

オルゴーゾロの町は、ゆるやかな丘の中腹に広がる。
比較的新しい家が多く、伝統的なサルデーニャを味わおうと思うと、ちょっと拍子抜けする。

オルゴーゾロ中心部

さて、バスの終点から2、3分も歩いたところで、町のメインストリートに出た。
地味な田舎町だと思っていたら、最近は壁画で有名になったようで、ここにもドイツ人観光客が団体で訪れていた。

「ムッラ」の壁画

この指を描いた壁画は、サルデーニャのじゃんけんの一種「ムッラ」(Murra)。
ムッラを知ったのは、サルデーニャを舞台にした映画で、東京、大阪で開催されたイタリア映画祭2020で上映された『月を買った男』だった。
自分と相手が出した指の数を足して、その数を言い当てるのだそうだが、細かいルールは何度聞いてもわからない。
Youtubeに動画があったので、見ていただきたい。

 

この動画は2対2で行う競技会のようで、周囲を含めてかなり興奮度が高まっている。
ルールがわかれば楽しそう! 

リアルな壁画

壁画のなかには、かなりリアルなものがあり、ちょっとビクッとした素敵な絵がこれ。
地元のおばちゃんが階段の途中で座っているかと思った。
たまには、本物のおばちゃんがいると、おもしろいかもね。

壁画のある家

そして、この壁画の家では、窓からおばあちゃんが顔を出している。
どうやら、手前にいるのが息子か娘夫婦で、孫がおばあちゃんに会いにきたようだ。

浮世絵の壁画

そして、こんな壁画も! 右側にはイタリア語の詩が書かれているが、最後に記されている名前を見ると、Gilda Radnerとある。
ウィキペディアで調べてみたら、1989年に卵巣がんによって42歳の若さで他界したアメリカの女優・コメディアンだった。その彼女が、自分の死期を悟って記した詩のようである。

町外れのリキュール製造所

オルゴーゾロのブラタカシの最後に訪れたのが、町外れにあるリキュールの製造所。
前夜、ヌーオロのビール屋で最後に飲んだエリクリーゾ(ヘリクリサム/イモーテル)のリキュールをつくっているところだ。
ビール屋さんのお姉さんに教えてもらってやってきた。
村でとれた原材料を使い、サルデーニャの伝統的的なクラフトリキュールを女性一人で作っている。

町外れのリキュール製造所

店の周囲にはレモンやミルトなどのハーブが繁っている。
階段を下っていくと、すでに壜詰されたサフランやミルトのリキュールが並んでいたので、何本かを買って帰ることにした。
聞くところによると、北海道の小樽にある店で出しているのだとか。その店にも訪ねてみたいと思っていたのだが、新型コロナのおかげで延び延びになって今日に至っている。

このとき、体がだるくて味見をする気にもなれなかったのは、単に疲れていただけでなく、妻からもらった風邪がかなり悪化して熱が出ていたのだと、ヌーオロの宿に戻ったころにやっと気づいたのであった。

2022-11-08

マモイアーダで出会った「サルデーニャのなまはげ」

しばらく間があいてしまったけれど、2019年秋に訪れたサルデーニャ島の旅の話のつづき。

ヌーオロに到着した翌日は、路線バスでマモイアーダの町へ。
町の中心部からかなり離れたバスターミナルから、arst社のバスが平日日中は6往復運行している。
宿からは市内バスでバスターミナルに向かい、そこからマモイアーダまでは所要20分ほどである。

路線バス

arst社は、イタリア鉄道を除く島内の公共交通機関を統合してできた公共企業体で、イタリアらしいこんなシックな配色のバスが走っている。

マモイアーダでは、毎年2月のカルネヴァーレ(カーニバル)で催される仮面の踊りが知られている。
もちろん、秋に行っても見ることはできないのだが、町内にある民俗博物館「地中海の仮面博物館」に行けばその様子がわかるということで訪問してみることにした。

マモイアーダのバス停

マモイアーダはそこそこ大きな町なのだが、中心のバス停がこんな具合。
小さな教会の前に停まったのだが、バス停の標識がない。まあ、イタリア南部や島部ではよくあることだが、帰りのことを考えるとバス停の場所は要確認である。
幸いなことに、ヌーオロに戻る側にはバス停があったので安心した。

さっそくバス停前にある仮面博物館に入ろうとしたのだが、建物の前に何台もの観光バスが停まっているではないか!
嫌な予感を覚えつつ中に入ると、受付の周辺がドイツ人の団体でごったがえしている。
しばらくして人がいなくなったのを見極めて、受付の人に尋ねた。

旧市街の路地

「あのー、私たち、見学したいのでございますが……」
「うーん、しばらくは混雑しているから、もう少しあとになってから来て」
「へへい、では町をぶらぶら歩いてきますね」
「それがいいわ」

と、そんなわけでマモイアーダの旧市街をブラタカシすることにした。

町の壁画

サルデーニャ中央部の町では、あちこちで壁画を目にしたが、ここにもこんな壁画が。
昔のサルデーニャの生活を思い起こさせる。

牛の頭蓋骨が並んだベランダ

これは、牛の頭蓋骨か。家のベランダに飾ってある。
そういえば、同じような風景をネパールのムスタンで見たっけ。

男性コーラスの像

これは、4人の男性がコーラスで伝統音楽を歌う情景だろう。
その昔、FMの民俗音楽番組で聴いたことがあるが、無伴奏で歌われる男性の声が重厚で印象的だった。
今でも、サルデーニャを舞台にしたイタリア映画では必ず流れてくる。

路地のネコ

で、車が通らない旧市街の路地は、やっぱりネコちゃんの天国。

狭い旧市街をのんびり歩き、中心部に戻ってコーヒー飲んでから博物館に戻ってくると、ドイツ人団体はすでに帰ったようでスムーズに入館できた。
「ビデオの音声は英語にする? イタリア語?」
格好をつけたわけじゃないが、英語で説明されてもわからないだろうから、聞き取りやすいイタリア語でお願いした。

仮面博物館.

20分ほどのビデオ(撮影禁止)は祭りの裏舞台も含めて紹介したもので、なかなかよい出来。祭りへの理解も深まった。

続く展示室でまず目に入ったのが、マモイアーダの祭りに登場するマムットーネスとイッソアドレスのマネキン。
黒い顔に黒装束のマムットーネスは、背中に重そうな鈴をいくつもぶらさげて、その鈴を慣らしながら踊り歩く。全重量30kgとのこと。
一方、白装束のイッソアドレスが軽やかに進んでいく。

 

マムットーネスが仮面をかぶって衣装を着るときには、あたかも宗教儀式のようだとかで、仮面をかぶったとたんに一種の神のような存在になるという。
まさに、秋田の男鹿半島で聞いたなまはげと同じ! いかにもキリスト教伝来以前からあった祭りのように思える。

仮面博物館

正式名称を「地中海の仮面博物館」というだけあって、展示室にはサルデーニャ島だけでなく、スペイン、トルコに至るユニークな仮面が収蔵されていた。
上の写真は、サルデーニャ島の別の町のカルネヴァーレの装束である。
ぜひ、秋田のなまはげも展示してほしいものだ。

Cantina Giuseppe Sedilesu

博物館を出て、ヌーオロに戻るバスの時間に合わせて、また町をぶらぶらしたのだが、バスまで15分前というところで、バス停近くにカンティーナ(ワイナリー)Cantina Giuseppe Sedilesu を発見。時間がないのに突入した。

3代続くワイナリーだそうで、農薬も添加物もなしの自然派ワインのだそうだ。時間があれば、葡萄畑や醸造所も案内してもらえたとのことで残念。
それでも、短い時間に親切にいろいろと味見をさせてもらったり、写真を見せてもらったりした。
なかなかいい赤ワインだったので、5本ほど買って帰ったのであった。

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