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2022-08-22

週末のカリアリで晩メシ難民に

カリアリを甘く見ていた。晩メシの場所に苦労するとは思ってもみなかった。
もっとも、日本ではあまり知られていない町ではあるが、れっきとしたサルデーニャ州の州都であり、観光スポットも数多い。
コロナ禍の前の土曜日、夜の中心部は観光客と地元の人であふれていた。

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妻のイタリア人知人から、おいしい店の情報を何軒か得ていたが、とても予約なしでは入れない。
路地から路地へと30分ほどさまよい、何軒もの店に断られたのちに目に入ったのが、ムール貝のイラストを描いた店。
「La Cozzeria della Marina」(ラ・コッツェリーア・デッラ・マリーナ)と記されていた。cozzeはムール貝のこと。ムール貝専門店らしい。こざっぱりしておしゃれな店だった。
ダメでもともとと聞いてみると、外のテーブルが空いたからすぐに片づけるという。

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こうして晩メシにようやくありつくことができた。
ムール貝は好物なのだが、隣のテーブルを見て驚いた。大きなフライパンのような容器に、ムール貝が山のように盛られている。
しかも、その下に恐るべきほどのスバゲッティがある! メニューを見ると500gと書かれていた。
バケツに入った山盛りのムール貝はベルギーで見たことがあったけれど、それにパスタが加わる恐怖の一皿である。
「こりゃ、とてもじゃないけど2人がかりでも食えない!」

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そんなわけで、パスタ抜きのムール貝を2人でシェアしたわれわれであった。飲み物は白ワイン。
「それだけじゃ申し訳ないような気がするなあ」とタコのフリットを注文したのだが、これがまたデカい足であった。
例のスパゲッティ入りムール貝は、さすがのイタリア人も難儀しているようで、上の写真の男性も残していたほどだった。

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そんな店に閉店近くまで粘っていたら、やはりムール貝と格闘していた隣席の女性2人と仲よくなった。
とくに中央の女性がおもしろい人で、今はどこかの企業の秘書をしているが、少し前まで修道女をしていたのだという。
どんな会話を交わしたかよく覚えていないが、ずっと笑っていた記憶だけはある。イタリア語を習っていてよかったと思うのは、こんな瞬間だ。
彼女とはFacebookの友だちとなって現在に至っている。

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翌日は、前夜の失敗を反省して、早めに店の予約を入れることにした。
魚料理がうまいという「Su Cumbidu Mare」(ス・クンビドゥ・マーレ)という店である。ちなみに、Suはサルデーニャ語の定冠詞だ。

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翌日からは内陸に向かうので、2日連続だが海の幸を満喫。前菜、パスタも食べて、メインの皿がこれ。
上のほうにある魚はスズキだったかな。中央のステーキはマグロ。
焼き具合はレアで味付けもさっぱりめで絶品! こんなうまいマグロのステーキは日本でも食べたことがなかった。
そして、アルト・アディジェ(南チロル)から来たという隣席のご夫婦と、この日も盛り上がってしまった。

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店の外に看板があったので、外で食べている人といっしょに記念撮影。

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最後の写真は、地元サルデーニャでつくられているビール「Ichnusa」(イクヌーザ)。サルデーニャでは、こればかり飲んでいた。
左が通常の製品で、右は無濾過と書かれている。好き好きだろうけど、無濾過のほうが味が濃くて好みだった。
ラベルのデザインは、サルデーニャの旗をベースにしている。

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コメント

それは奇遇ですね!
コロナ禍の直前だったので、すごい数の観光客でした。

カリアリでは私たちも夕食難民になりかけた記憶があります。
同じお店でうなぎのグリルを2回食べました。

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  • 『ようこそシベリア鉄道へ』(天夢人)
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