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著書

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  • 『ひたすら眺めていたシベリア鉄道』(私家版)
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  • 『国鉄風景の30年―写真で比べる昭和と今』(技報堂出版)
  • 『全国フシギ乗り物ツアー』(山海堂)
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2021-08-10

オリンピック 五輪色の東京スカイツリー

8月8日、東京オリンピックが閉会となった。
開催前からすったもんだがあったけれど、私はやってほしいと思っていた。
まあ、その辺はいろいろな意見があるだろうから、ここでは深入りしないことにします。

閉会式はちょっと拍子抜けだったけど、選手入場のときに流れた古関裕而の「オリンピックマーチ」が聞こえたときには身震いがした。
最初の一節だけで、1964年のあのころのことが一気によみがえってきた。

十間橋から見た東京スカイツリー

あのころの日本は夢と希望にあふれていたなあ。
まあ、本当は公害やらなんやらで大変な時期ではあったはずだが、好奇心にあふれた小学校2年生だった私には、毎日がおもしろいことでいっぱいだった。
世界にはいろいろな国があって、いろいろな人がいることも知った。

区立の小学校に通っていたのだが、当時にしては珍しく各教室にテレビが備えつけられていた。
先生は、「あと100年は日本でオリンピックはないだろうから、しっかりと見ておきなさい」といって授業中のときどきに見せてもらえたのだった。
マラソンの中継では、まだ何人もが先頭集団をつくっている時点で、先生がアベベを指さして「この人が優勝するわよ」と言ったのが記憶に残っている。

開会式の日は窓から自衛隊のジェット機が描いた五輪も見たし、家の近くを走っていった聖火も見に行った。聖火は鮮やかなオレンジ色をしていたのが印象的だった。

水泳ではショランダーをはじめとしたアメリカ選手の強さが際立っていて、あれでアメリカ国歌のメロディーを覚えてしまったほどだった。
もちろん東洋の魔女も重量挙げの三宅義信も見たし、柔道のヘーシンク対神永も覚えている。100mを10秒00で走ったボブ・ヘイズも、重量挙げのジャボチンスキーも。当時の興奮がよみがえってきたのも、あのオリンピック・マーチが聞こえてきたからだ。
ああ、こんなことを書いていたらきりがない。

今回の写真と動画は、五輪に彩られた東京スカイツリーである。実家から帰る途中に、珍しいカラーリングが目に入ったので、ちょっと遠回りして十間橋の上から眺めてみた。

橋の上には入れ代わり立ち代わり人がやってきては写真を撮っていた。
子ども連れのお父さんやお母さんもいた。
あの子たちは、今回のオリンピックをどのように思い出すのだろうか。

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コメント

確かに幼稚園児のころの記憶は断片的なものが多いですね。
小学校に入ってからの記憶は、なにかのきっかけで芋づる式によみがえることがあります。

私は前の東京オリンピックではもう生まれていたけど、開会式前日に2歳になったばかりで、さすがに記憶は……
「世界にはいろんな国があるんだなあ」を意識したのは、大阪万博でしたね。まさしく小学二年生でした。それからその後の札幌オリンピック。
記憶が映像のようにひと続きになって、その時感じてたことまでセットで取り出せるようになるのって、二年生くらい以降のような気がします。それ以前の記憶は、なんか1枚の写真みたいに断片でしかなくて。

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