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著書

  • 『定点写真でめぐる東京と日本の町並み』(青春出版社)
  • 『ひたすら眺めていたシベリア鉄道』(私家版)
  • 『日本懐かし駅舎大全』(辰巳出版)
  • 『鉄道黄金時代 1970s──ディスカバージャパン・メモリーズ』(日経BP社)
  • 『国鉄風景の30年―写真で比べる昭和と今』(技報堂出版)
  • 『全国フシギ乗り物ツアー』(山海堂)
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2021年8月の4件の記事

2021-08-30

カターニアから路線バスでシチリア内陸へ

カターニア空港から帰国の途につく友人夫妻と別れて、われわれはカターニアのバスターミナルから内陸へ。目指すはニコジーア(Nicosia)という町である。
カターニアは地元の黒っぽい石でできた建物が多いため、全体に暗い印象の町だったのだが、来るたびに垢抜けてくる感じである。

210830a

昔来たときは、道路からバスがひっきりなしに発着していたが、今では一応バスターミナルができていた。
とはいえ、単に更地を塀で囲って、その一辺に屋根を付けだけという感じ。
切符売場は外にあって、建物がバス会社別になっているものだから、旅行者にはわかりにくい。乗るときは、行き先だけでなくバス会社もしっかりとメモしておくことをお勧めする。
もっとも、この旅をした2017年は、ニコジーアまでSais Trasporto社が1日3往復運行していたはずだが、今調べてみるとInterbus社が運行しているようで、しかも2往復に減ってしまったようだ。まあ、イタリアではよくあることだ。

210830b

ニコジーアまでは2時間の道のりである。
ごみごみしたカターニアの市街を抜けると、ほどなくシチリアの茫漠とした丘陵が車窓に広がる。
やがて、左手のはるかかなたに、見覚えのある丘が現れた。左がエンナ(Enna)、右がカラシベッタ(Calascibetta)だ。
「あそこに行ったのは、2000年だったっけ。あっという間の年月だなあ……」としみじみ。

210830c

ニコジーアに到着する20分くらい前に通過したのが、このレオンフォルテ(Leonforte)の町。車窓から見ただけで気に入ってしまった。
あとで知ったのだ、かつてはここまでイタリア国鉄の路線が走っていたそうだ。こんなところに何のために……と思ったら、シチリアでは硫黄を運ぶためのローカル線があちこちにあったとのこと。そんな時代に訪れてみたかった。

 

2021-08-28

絶壁の町カステルモーラから徒歩で下山

タオルミーナのギリシャ劇場から海を背にして町を望むと、背後の断崖絶壁の上に町が見える。それがカステルモーラ(Castelmola)だ。前回のタオルミーナ訪問では行きそびれたので、2017年の旅では真っ先に向かうことにした。

メッシーナ門近くから30分おきにバスが発車していた。まさに断崖につけられた道を、右に左にカーブしながら20分ほどで到着。

町の展望台サンタントニオ広場

絶壁の上にはちょっとした広場があって、すがすがしい眺めである。険しい狭い山道を登り、よくぞこの広場までバスが乗り入れてくるものである。
観光バスで訪れる人が多いようだが、絶景を眺める以外にはあまりやることがない。土産物屋もそれほど多くなく、レストランに入るのでなければ長居をすることもないのだろう。観光バスの到着直後は広場が人でいっぱいになるが、バスがいなくなるとこのように静かになる。

ドゥオーモ前広場

とはいえ、そのまま帰るのではおもしろくない。しばし、小さな小さな町を散策したのち、タオルミーナまで徒歩で下っていくことにした。もちろん、私が密かに考えていたアイデアである。

大回りしていく車道とは違って、人の通る道はハイキングコースのようになっていて短距離で降りていける。住宅街を抜けると、目の前に海が広がり、眼下にはタオルミーナの全景が出現する。

歩きはじめたときは曇っていたが、この動画を撮る直前に夕日が顔を出していい感じになった。最後はエトナ山が見えるはずなのだが、薄雲と逆光で霞んでしまった。 

サン・ビアージョ教会

ハイキングコースには、こんなかわいい教会もあった。車道ができる前は、人びとはこの道を歩いて上下していたのだろうか。

カステルモーラを見上げる

バックの丘というか絶壁の上に建物が見えるが、あそこから降りてきたのである。
タオルミーナに戻ると、まさに下界に降りてきたという感じ。夕景を見ようとすごい人出であった。

B&Bの女主人に「カステルモーラから歩いて降りてきたよ」といったら、ちょっと驚いたようだったが、にっこりと微笑んでくれた。
その晩は、彼女が勧めてくれた宿近くのトラットリーアで、1人25ユーロの海の幸コースを堪能した私たちであった

2021-08-26

タオルミーナで順光のギリシャ劇場を見る

何度目かの緊急事態宣言が発出中で、海外はおろか日本国内も気ままに旅ができない今日この頃。
ブログに書いてこなかったここ数年のイタリア旅を、ざっと振り返ってみたい。
まずは、2017年9月のシチリア旅行から。

目的は友人夫妻の結婚記念写真を撮りに、シチリア南西部のシラクーサ、ラグーザ、モディカなどをめぐるところからはじまった。
その目的もはたして、当の新婚夫婦と私の妻と4人でやってきたのがタオルミーナ。

タオルミーナ・ジャルディーニ駅

地中海に面したクラシックな駅は40年前に初めて訪れたときのままで、行き交う車両だけが新しくなっている。
タオルミーナは丘の上にあるので、ここからタクシーで向かった。

メッシーナ門近く

旧市街の東の入口にあたるメッシーナ門近く。ここは門の外なので、バスや一般車両も走っている。
1泊の宿は、門を入ってすぐのこぎれいなB&Bだ。

4月9日広場

さすがに、イタリアでも有数の観光地である。夕方になると、狭い通りは人でぎっしり。
地中海の夕景を見ようと、4月9日広場にはたくさんの観光客が集まっていた。
週末とはいえ、9月に入ってもこれなのだから、7月や8月はさぞかし賑わっていたのだろうと想像する。

ギリシャ劇場

わざわざタオルミーナに泊まったのは、友人夫妻がカターニア空港から帰るのに便利なこともあったが、ギリシャ劇場を順光で写真に撮りたいという理由もあった。
前回、日帰りで立ち寄った悟ったのだが、エトナ山をバックにすると午後はもろに逆光になってしまうのだ。方角を考えると、順光で撮るのは朝一番で訪れるしかない。

というわけで撮ったのがこの写真なのだが、よく見るとわかるように客席がしつらえてある。この夜、イタリアのベテラン歌手レナート・ゼロのコンサートがあると知ったのは、前夜Facebookでタオルミーナにいることを書いたときに、イタリア人の知人から受け取ったコメントであった。
1980年代からレナート・ゼロは好きな歌手なのだが、切符を買っていないからコンサートが見られるわけではない。それよりも、観光写真としてストックするには、余計なものが入ってしまったのが複雑な気持ちである。

丘の上の町と海岸を結ぶロープウェイ

そして、これは丘の上の町と海岸を結ぶロープウェイ。
日本のロープウェイは等間隔でひっきりなしに発車するのが一般的だが、ヨーロッパではこのように複数の搬器が連なって進むものが多いようだ。

2021-08-10

オリンピック 五輪色の東京スカイツリー

8月8日、東京オリンピックが閉会となった。
開催前からすったもんだがあったけれど、私はやってほしいと思っていた。
まあ、その辺はいろいろな意見があるだろうから、ここでは深入りしないことにします。

閉会式はちょっと拍子抜けだったけど、選手入場のときに流れた古関裕而の「オリンピックマーチ」が聞こえたときには身震いがした。
最初の一節だけで、1964年のあのころのことが一気によみがえってきた。

十間橋から見た東京スカイツリー

あのころの日本は夢と希望にあふれていたなあ。
まあ、本当は公害やらなんやらで大変な時期ではあったはずだが、好奇心にあふれた小学校2年生だった私には、毎日がおもしろいことでいっぱいだった。
世界にはいろいろな国があって、いろいろな人がいることも知った。

区立の小学校に通っていたのだが、当時にしては珍しく各教室にテレビが備えつけられていた。
先生は、「あと100年は日本でオリンピックはないだろうから、しっかりと見ておきなさい」といって授業中のときどきに見せてもらえたのだった。
マラソンの中継では、まだ何人もが先頭集団をつくっている時点で、先生がアベベを指さして「この人が優勝するわよ」と言ったのが記憶に残っている。

開会式の日は窓から自衛隊のジェット機が描いた五輪も見たし、家の近くを走っていった聖火も見に行った。聖火は鮮やかなオレンジ色をしていたのが印象的だった。

水泳ではショランダーをはじめとしたアメリカ選手の強さが際立っていて、あれでアメリカ国歌のメロディーを覚えてしまったほどだった。
もちろん東洋の魔女も重量挙げの三宅義信も見たし、柔道のヘーシンク対神永も覚えている。100mを10秒00で走ったボブ・ヘイズも、重量挙げのジャボチンスキーも。当時の興奮がよみがえってきたのも、あのオリンピック・マーチが聞こえてきたからだ。
ああ、こんなことを書いていたらきりがない。

今回の写真と動画は、五輪に彩られた東京スカイツリーである。実家から帰る途中に、珍しいカラーリングが目に入ったので、ちょっと遠回りして十間橋の上から眺めてみた。

橋の上には入れ代わり立ち代わり人がやってきては写真を撮っていた。
子ども連れのお父さんやお母さんもいた。
あの子たちは、今回のオリンピックをどのように思い出すのだろうか。

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