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2021-06-21

京島から押上へ十間橋通りを歩く

キラキラ橘通りを南下して、たから通りを渡って京島二丁目に入ると商店よりも一般の住宅のほうが多くなっている。かつては、このあたりにも沿道に商店が軒を連ねていたものだった。

京島南公園

商店街からちょっと脇にはいったところにあるのが、この通称「マンモス公園」
正式には京島南公園というらしいが、昔からマンモス公園と呼ばれていた。
何がマンモスかといえば、この滑り台である。かなりの迫力で人気があり、私が子どものころには階段に行列をつくって滑るのを待っていたほどである。

十間橋通り

橘通りは、北の端でこの十間橋通りに合流する。通りに面した家は建て替えられたリフォームされたりしているが、低層住宅が多く、昔の雰囲気は残っている。子どもだった私にとっては、古切手、古銭を扱う店を訪れるのが楽しみだった。

十間橋通り

さらに南下していくと、町名は文花(ぶんか)から押上へと変わる。その道沿いに不思議な建物があった。
間口というか、道に面した部分がやたらに広いのである。
写真を拡大してみると、日本そばも出す喫茶店になっているようだ。

押上

十間橋通りは、その南端に十間橋があり、そこで北十間川を渡る。北十間川は江戸時代に開削された運河で、川幅が10間(約18m)であることから名付けられたそうだ。
もっとも、今ではコンクリート堤防でしっかりと固められていて、実際の川幅はそれよりは狭いような気がする。

そんな十間橋の手前にあったのが、この牛乳販売店。われわれの世代には、「保証牛乳」という名前が懐かしい。
小学生のころには、テレビCMもやっていた。♫ 十字のマーク、ほしょ~ぎゅうにゅ~♫
下町の小賢しい小学生である級友の一人は、さっそく替え歌をつくり「十字架のマーク、保証しない牛乳~」と歌っていたっけ。

東京スカイツリー

ここまでくると、東京スカイツリーはもう目の前。地下鉄半蔵門線が開通して、さらにこれが建ったおかげで、少なくとも東京都区内に住む人の大半には、「押上」という地名を間違いなく読んでもらえるようになった。
十間橋から望むスカイツリーはあまりにも有名すぎるので、ちょっとひねくれて、路地の向こうに見える風景を撮ってみた。

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コメント

海外旅行も、もうしばらくできそうにないので、自宅や実家のまわりをうろうろして、おもしろいものがあったらアップします。

この界隈は、23区内では殆どご縁のない地域です。
と言っても、そもそも馴染みのある地域が限られているからに過ぎませんが。

東京ぶらぶら散歩、楽しみにしております。

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