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著書

  • 『定点写真でめぐる東京と日本の町並み』(青春出版社)
  • 『ひたすら眺めていたシベリア鉄道』(私家版)
  • 『日本懐かし駅舎大全』(辰巳出版)
  • 『鉄道黄金時代 1970s──ディスカバージャパン・メモリーズ』(日経BP社)
  • 『国鉄風景の30年―写真で比べる昭和と今』(技報堂出版)
  • 『全国フシギ乗り物ツアー』(山海堂)
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2021年1月の1件の記事

2021-01-28

ムスタンからポカラへの恐怖の道程(上)

いつのまにか年も明けてしまいました。昨年内で終わらせるつもりだった2019年春のネパールの旅報告の続きです。

さて、ジョムソンを出て、いよいよ陸路でポカラへ。
20分ほど走ったところで、次の大きな村であるマルファを通る。
この画面の右側に旧街道が通っているようで、味わい深そうな家並みが見えている。
時間があれば、ゆっくり立ち寄りたいところだが、夜までにポカラに到着しなくてはならない。

せめて遠くから写真を撮ろうと車から降りると、水牛を連れた男性がやってきた。はたして、どこまで、何をしにいくのだろうか。
向こうからバスが砂ぼこりをあげて近づいてくる。

マルファの村

ネパールの人は、カメラを構えても嫌がることもなく、かといってポーズをとるでもないのが興味深い。
(子どもたちは除く)
2021年はうし年なので、この写真が年賀状に使えるなと思ったのだが、この年末年始はあまりに忙しく、とうとう年賀状を出さずじまいになってしまった。
まもなく立春だが、寒中見舞いにも間に合いそうにない。暑中見舞いを目指そう。

水牛と男性

ムスタン街道はガンダキ川に沿って走る。
ところどころで、こんな低木が植わっているのが目に入った。
同行のネパール人M氏に聞くと、これが日本人近藤さんによって普及したリンゴなのだそう。
前にも書いたが、このリンゴのおかげで、ムスタンの人びとの生活はかなり向上したのである。

リンゴ畑

道の前方にダウラギリの美しい山並みが見え隠れてしてきたところで、またちょっと休憩。
牛が道のまんなかをのんびりと歩き、大きな荷物を背負った男性が歩を進める。
たまに通るトラックやバスがなければ、100年前とあまり変わっていないのではないか。
美しい風景を見ながら、「やっぱり帰りは陸路でよかった」と思う私たちであった。

ダウラギリを望む村

途中までは、舗装こそされていないものの、立派な道があった。
しかし、やがてその道も途切れてしまった。
崖の中腹には道らしき跡が見えるのだが、土砂崩れて通れなくなったのか、車は河原に入り込む。
いや、河原ではなく、川のなかにジャブジャブと入って行く始末。
驚いたことに、登校途中と見える子どもたちも、この河原を歩いている。

ガンダキ川を突破

しばらくすると河原を抜けて、再びまともな道に戻ったが、なぜか前方で車が渋滞している。
「はて、どうしたのか?」とM氏に尋ねると、どうやら前日の雨で、この道の先で土砂崩れがあったようである。
「重機で工事をしているから、通れるようになるまで待つしかないですね」と彼。

ふと道端に目をやると、地元の人らしき人たちが護岸工事をしている。
手作業で石を針金のようなもので包んで積み上げているのは、日本でもよく見かける蛇籠というやつのようだ。
いかにも一族総出という感じで、そこそこ若い女性も働いている。その子どもであろうか、幼い子が厚手の服にくるまれて置かれている。
大変そうではあるけれど、あまり悲壮な雰囲気ではない。たぶんこれが貴重な現金収入になるのだろう。

護岸工事

車の列は200mほど続いていただろうか。退屈だったので先頭まで見にいくと……。
なるほど、こりゃ大変である。どれだけ時間がかかるのか先が思いやられる。

土砂崩れの現場

1時間がたち、そろそろ心配になってきたころに、車が動き出した。
「これで一安心」
このときはそう思ったのだが、本当の試練はここからであった。

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