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著書

  • 『定点写真でめぐる東京と日本の町並み』(青春出版社)
  • 『ひたすら眺めていたシベリア鉄道』(私家版)
  • 『日本懐かし駅舎大全』(辰巳出版)
  • 『鉄道黄金時代 1970s──ディスカバージャパン・メモリーズ』(日経BP社)
  • 『国鉄風景の30年―写真で比べる昭和と今』(技報堂出版)
  • 『全国フシギ乗り物ツアー』(山海堂)

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2020-08-05

夕刻のジョムソンぶらぶら散歩

ジョムソンで1泊したのがこの宿である。空港の出口から徒歩約2分といったところ。
Googleマップには、Hotel Mustang Monalisa──つまりホテル ムスタン・モナリザと記されているが、この看板ではHotel Mustang Monalishaとある。

ジョムソンの宿

あのモナリザにちなんで名付けたのか、それともモナリシャなのか。もしかすると、モナリザをネパール語の綴りにして、それを再び英語に直すこうなってしまうのかとも思ったが、聞きそびれてしまった。

ジョムソンの宿

宿の主人は、我々の同行のM氏と顔見知りらしく、愛想もいい。
実は、この日は5月2日で、前日が令和元年の最初の日であった。
こんな鄙でも、テレビがあるからそれは知られているらしく、ホテルの従業員に英語で「おめでとう」といわれてしまった。

ジョムソンの昼飯

この写真は昼食である。相変わらずダルバート!
味はけっして悪くないのだが、ネパールのどこに行ってもこれだとさすがに飽きてくる。

ジョムソンの酒屋

晩飯の前に、また散歩に出た。空港の周辺に宿は10軒以上もあるが、どこもせいぜい2、3階建てで一般の民家と区別がつきにくい。
ムスタンの玄関口といっても、商店もたいして多いわけではない。
まず入ったのがこの酒屋。右が主人である。左の人はシベリア鉄道の沿線で会ったような中央アジア風の顔をしている。
実は、ネパールは多民族国家なのだ。

リンゴのリキュール

これは店で売られていたリンゴのリキュール。こんな寒々しい耕地でリンゴが? と思われるかもしれないが、これにはわけがある。
貧しかったムスタンで、換金できる作物としてリンゴの栽培を試みたのが、日本人の近藤さんという人だったそうだ。
翌日、翌々日とムスタン街道を四輪駆動車に乗って走ったのだが、沿道にはあちこちにリンゴ畑を見ることできた。
近藤さんの尽力が実って、今ではリンゴがムスタンの特産になっているという。
ムスタンでは、「コンドー」といえば知らない人がないくらい。近藤さんのおかげで、日本人はたいそう尊敬されいるとのことであった。

できたばかりの喫茶店

しゃれた感じのこの建物は喫茶店だった。
中に入ってコーヒーを飲む。
下の写真に写っている20代なかばくらいの若いマスターによれば、1週間前に開店したばかりらしい。

ライブもできる喫茶店

中央ではライブができるようになっていて、左右には升席のようなものが見える。
ここでコーヒーやビールでも飲みながら、地元の民俗音楽のライブでも聞いてみたいと思ったのだが、まだできかばかりでライブの予定は入っていないのだとか。
この写真の左側には、日本の喫茶店のようなテーブル席があって、実に品がいい。
天井から吊るした照明も、ヒマラヤのふもとの海抜3000mの地とは思えないほどしゃれている。
これならば、観光でやってくる欧米人や日本人にも評判になると思った。
青年とこの店の前途に幸多かれと祈って、宿に戻った私たちだった。

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