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著書

  • 『定点写真でめぐる東京と日本の町並み』(青春出版社)
  • 『ひたすら眺めていたシベリア鉄道』(私家版)
  • 『日本懐かし駅舎大全』(辰巳出版)
  • 『鉄道黄金時代 1970s──ディスカバージャパン・メモリーズ』(日経BP社)
  • 『国鉄風景の30年―写真で比べる昭和と今』(技報堂出版)
  • 『全国フシギ乗り物ツアー』(山海堂)

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2020年8月の2件の記事

2020-08-23

ムクティナートへの道

2019年ネパールの旅。5月3日は、ムスタンの玄関口ジョムソンから四駆をチャーターして20km、富士山頂とほぼ同じ標高にあるヒンドゥー教の聖地ムクティナートへ向かった。
カトマンドゥで知り合ったネパール人M氏とともに、ハードながらお気楽な旅となる。

ジョムソン空港

朝の目覚めはホテル裏の空港に着陸する飛行機の爆音ととともに。
部屋の窓から、こんな光景が見られた。
以前にも書いたが、午後は風が強くなるので、空港が使えるのは午前中のみ。
しかも、乗客は1便あたり20人程度の小型機だから、30分おきぐらいに着陸する。

宿の朝食

これが宿の朝食。質素ながらもなかなかよい味付け。
和洋折衷ならぬ、ネパ洋折衷という感じで、右下にあるのは玉子焼き。
ダルバートに飽きた舌には新鮮に感じられた。

道なき道をゆく

ジョムソンの町外れからしばらくは道がなく、カリガンダキ川の河原を上流に向かって進んでいく。
河原では路線バスやムクティナートから戻ってきたらしい観光バスとすれ違う。
6月からの雨季になって川の流量が増しても構わず、水のなかを疾走していくそうだ。

吊り橋

ようやく道に出て、車の揺れも少なくなる。
たまに地元の人とすれ違うのだが、みんなどこからどこに行くのだか。
ちなみに、この吊り橋の対岸には宿があるらしい。

カリガンダキ川

カリガンダキ川の川筋が綾を織りなす先に、まるで砂漠のオアシスのようなカグベニの村が見えてきた。

休憩中

ここがジョムソンとムクティナートのほぼ中間地点。
展望のいい場所でひと休み。
ここは、きれいに道が整備されている。
カグベニ村の上でムスタン街道と分かれ、右折してムクティナートへ向かう。

(動画の大きな音は風が吹き抜ける音)
ムスタン街道と分かれると、道はつづら折りで一気に高度を稼ぎ、車窓には絶景が広がる。
すでに標高は3000mを越えているはずだが、そんな場所でもやはり道の整備のために懸命に働いている人が見える。

ちなみに、右折せずにムスタン街道を北上して秘境のアッパー・ムスタン(上ムスタン)に入るには、さらに別のバーミッション(入境許可証)が必要だ。ムスタンの先にはチベットがあり、中国と接しているために、そのあたりの管理は厳格にされているらしい。
「でも、夜中にこっそり行く人もいるらしいですよ」とはM氏情報。もっとも見つかると厄介なので、親戚や知り合いがチェックポイントに詰めているときに、袖の下を渡して観光客を連れて行く不届き者もあるそうな。

丘上の村

ムクティナートへの沿道には、ぽつりぽつりと村が見える。
この風景は、まるでイタリアのアブルッツォ州あたりで見た山岳都市にそっくり。
もちろん、標高はまったく違うのだが、人は似たようなところに集落をつくるのだなと納得。

ムクティナート到着

砂ぼこりをあげながら、何人かのトレッキング客を追い抜くことに申し訳なさを感じつつ、1時間半ほどでムクティナート着。
一般の人は村の入口で車を乗り、村内は徒歩か馬でないと行き来できないのだが、なぜか我々は別の車に乗り換えてホテルに一直線。
そんな身勝手なことができた理由は、あとでわかる。

「空気が薄いとも感じないし、全然問題ないね」なんてこの時点では思っていた。

2020-08-05

夕刻のジョムソンぶらぶら散歩

ジョムソンで1泊したのがこの宿である。空港の出口から徒歩約2分といったところ。
Googleマップには、Hotel Mustang Monalisa──つまりホテル ムスタン・モナリザと記されているが、この看板ではHotel Mustang Monalishaとある。

ジョムソンの宿

あのモナリザにちなんで名付けたのか、それともモナリシャなのか。もしかすると、モナリザをネパール語の綴りにして、それを再び英語に直すこうなってしまうのかとも思ったが、聞きそびれてしまった。

ジョムソンの宿

宿の主人は、我々の同行のM氏と顔見知りらしく、愛想もいい。
実は、この日は5月2日で、前日が令和元年の最初の日であった。
こんな鄙でも、テレビがあるからそれは知られているらしく、ホテルの従業員に英語で「おめでとう」といわれてしまった。

ジョムソンの昼飯

この写真は昼食である。相変わらずダルバート!
味はけっして悪くないのだが、ネパールのどこに行ってもこれだとさすがに飽きてくる。

ジョムソンの酒屋

晩飯の前に、また散歩に出た。空港の周辺に宿は10軒以上もあるが、どこもせいぜい2、3階建てで一般の民家と区別がつきにくい。
ムスタンの玄関口といっても、商店もたいして多いわけではない。
まず入ったのがこの酒屋。右が主人である。左の人はシベリア鉄道の沿線で会ったような中央アジア風の顔をしている。
実は、ネパールは多民族国家なのだ。

リンゴのリキュール

これは店で売られていたリンゴのリキュール。こんな寒々しい耕地でリンゴが? と思われるかもしれないが、これにはわけがある。
貧しかったムスタンで、換金できる作物としてリンゴの栽培を試みたのが、日本人の近藤さんという人だったそうだ。
翌日、翌々日とムスタン街道を四輪駆動車に乗って走ったのだが、沿道にはあちこちにリンゴ畑を見ることできた。
近藤さんの尽力が実って、今ではリンゴがムスタンの特産になっているという。
ムスタンでは、「コンドー」といえば知らない人がないくらい。近藤さんのおかげで、日本人はたいそう尊敬されいるとのことであった。

できたばかりの喫茶店

しゃれた感じのこの建物は喫茶店だった。
中に入ってコーヒーを飲む。
下の写真に写っている20代なかばくらいの若いマスターによれば、1週間前に開店したばかりらしい。

ライブもできる喫茶店

中央ではライブができるようになっていて、左右には升席のようなものが見える。
ここでコーヒーやビールでも飲みながら、地元の民俗音楽のライブでも聞いてみたいと思ったのだが、まだできかばかりでライブの予定は入っていないのだとか。
この写真の左側には、日本の喫茶店のようなテーブル席があって、実に品がいい。
天井から吊るした照明も、ヒマラヤのふもとの海抜3000mの地とは思えないほどしゃれている。
これならば、観光でやってくる欧米人や日本人にも評判になると思った。
青年とこの店の前途に幸多かれと祈って、宿に戻った私たちだった。

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