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著書

  • 『定点写真でめぐる東京と日本の町並み』(青春出版社)
  • 『ひたすら眺めていたシベリア鉄道』(私家版)
  • 『日本懐かし駅舎大全』(辰巳出版)
  • 『鉄道黄金時代 1970s──ディスカバージャパン・メモリーズ』(日経BP社)
  • 『国鉄風景の30年―写真で比べる昭和と今』(技報堂出版)
  • 『全国フシギ乗り物ツアー』(山海堂)

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2020年7月の3件の記事

2020-07-21

チベット仏教の寺院にアポなし突入

ムスタンの玄関口、小さなジョムソンの町を貫く狭い街道をぶらぶらと10分あまり歩くと、もう町はずれとなる。
そこで視野に飛び込んできたのが、目にも鮮やかなチベット仏教の寺院である。

ジョムソンのチベット仏教寺院の外観

中はどんな風になっているのかなあ、見たいなあと誰もが思うに違いない外観である。
でも、もし私と妻の2人だけだったから、そう思うだけで終わったことだろう。
しかし、そこはガイド経験の長いネパール人のM氏である。私たちが何もいわないうちに、ずかずかと境内に入り、何やらそこにいた若い僧侶らしき人にひと言ふた言。

ジョムソンのチベット仏教寺院の入口

最初は世間話をしているような様子だったが、M氏はいきなり私たちに向かって振り返り、「中を見せてくれるって!」。
「本当に大丈夫なのかなあ? あんな下っぱの若者に聞いただけで……」
私は半信半疑で、いつ偉い人が来て断られてもいいように、まずは外観をなめるように撮影。
チベット仏教の神髄ともいえるマンダラ図は、ちょっとモダンなタイプのものがあった。

ジョムソンのチベット仏教寺院の入口

それにしても、まだできたばかりのような寺院で、どこにもぴかぴか。極彩色の壁画も素晴らしい。
「これはカネがかかっているよね。たぶん金持ちがたくさん寄進したんですよ」とM氏。

ジョムソンのチベット仏教寺院の内部

中に入ると、もう少し偉い感じの坊さんが出てきてご挨拶。にこやかにM氏と歓談している。
それにしても、これまた細部までつくりこんだ調度や彫刻の数々。
ここで全部アップしていたらきりがないので、このくらいにとどめておこう。

ジョムソンのチベット仏教寺院の内部

これは御本尊を安置した須弥壇である。
写真が2枚飾ってあり、手前はたぶんこの地域で一番の高僧なのではないかと想像する。
そして、奥の仏像の前に飾ってある写真が、ダライ・ラマ14世である。

ジョムソンのチベット仏教寺院の内部

さて、内部もなめるように見て、さあドアを開けて外に出ようとしたところで、入れ違いにこの人が入ってきた。
タモリでもみうらじゅんでもない。おそらく、この寺の住職(チベット仏教ではなんと呼ぶか知らないが)なのだろう。
「どこから来たの?」と気さくな感じで英語で聞かれた。
日本からだと答えると、「おお、日本! イエイ! 偉大な国だ!」と微笑んでくれた。

ジョムソンのチベット仏教寺院の外観

これがその寺院の裏口。
ネパールには、チベット動乱によって逃れてきた亡命チベット人が数多くいる。
いまや中国の一部となっているチベットでは、自由な宗教活動もままならないようだ。
チベット仏教の伝統は、ここネパールで受け継がれているのである。

町外れの道標

寺院を出ると、もう家は途切れて本当の町外れとなる。
街道はまだ続いていくはずだが、もうどこを向いてもこの先は道がない。
……と思っていたら、道端に道標があった。この図では下端が現在地のばずである。
こんなときのために、デーヴァナーガリー文字の発音だけでも覚えてきたかっのだが……。
道は川に沿って上流に続いていくように描かれている。

奥地からやってきた乗合バス

茫漠とした風景を眺めていたら、上流のほうに大型バスの姿が見えた。
河原の上の道なき道を、上下左右に車体を揺らしながらやってくる。
「ここは河原が道になっているんですよ。雨期になると、川の中を走っていきますよ」とM氏。

奥地からやってきた乗合バス

上流に向かうトラクターとすれ違ったバスは、カメラを構える私たちの横を通っていった。
よく見ると、窓から何本も手が出ている。
「あれ? なんだろう?」
不思議に思ったが、さらによく見ると、乗客がみんなこちらを向いて微笑んでいるではないか。
私たちに向かって手を振っているのだ!
私たちも、頬をゆるめておおきく何度も手を振ったのであった。

2020-07-19

ムスタンの玄関口ジョムソンをぶらぶら

宿に荷物をおいてひと休みしてから、ムスタンの玄関口ジョムソンの小さな町、というか村をひとめぐり。

ムスタンの街道

空港に並行した道を北へ進むと、こんな門柱が。
荷物を背負ったおばさんを見ると、ここははたして21世紀なのかと一瞬思った……のだが、この人が道端に腰を下ろしてスマホで会話をはじめたのを見ると、やはり21世紀のようである。

街道沿いの家

ジョムソンは空港があるので、もうかなり都会化してしまっているのかと想像していたが、こんな格好のおばさんが普通に道を歩いていて、とってもいとおしくなった。

街道沿いの家

この道が、ムスタンからチベットへ続く街道である。バックの雪山がまぶしい。
沿道の家は、売店だったり、巡礼や商人の宿だったりする。
屋根には、冬に備えて薪が積んである。

売店と3人娘

どこの国でも若い女の子が3人揃うとかしましい。
売店で楽しそうに何を買っているのだろうか。

売店の内部

売店はだいたいこんな感じで、飲み物やお菓子が多い。
ビールも売っている。

ジョムソンの学校

これは村の学校。立派な造りになっている。
ちょうど学校の昼休みだったのか、子どもたちが門の付近にいた。

学校の生徒たち

門の外にいた子たちの写真を撮る。ネパールでは、写真を快くとらせてくれる。
そして思う。ピースサインが似合うのは、やはり20歳までだと。

ジョムソンの町外れ

10分も歩くと、町外れになる。牛がうろついていた。
背後の建物には、牛だかヤクだかの頭蓋骨が屋根の上に飾って(?)ある。

楽しいジョムソンぶらぶら散歩はまだまだ続く。

2020-07-05

17人乗りのプロペラ機で秘境ムスタンへ

ネパールの奥にかつてムスタン王国という国があって、チベットとネパール・インドとの交易で栄えたという話を、何年か前にテレビで見たことがある。
そこに映し出されたのは、ヒマラヤの山深くに、小さな村が点在しているという様子で、とてもではないが簡単にいけるとは思えなかった。

ところが、カトマンドゥのM氏に聞くと「行けるよ。許可証が必要だから、明日の朝、証明写真を撮ってきて。旅行社の人を紹介するから」とのこと。急な話にもかかわらず、ポカラからムスタンの入口であるジョムソンまでの飛行機がなんとかとれ、宿も手配してもらった。

ポカラ空港

ムスタンについてはまったく予習をしていなかったので、ツアコンの経験も豊かなM氏が同行してくれるのはありがたい。

ポカラの空港私たちを待っていたのは、タラ航空のこの小さなプロペラ機である。
搭乗前に調べてみたところ、この航路は事故が多いというではないか。わざわざ調べなけりゃよかったと後悔したが、5年に1回は墜落しているようで、ただでさえ飛行機が苦手な私にとって、口から心臓が出てきそうである。

バスより狭い

機内は、なんとバスより狭くて、ざっと勘定したら20人弱。そんな小さな機内でもCAさんのサービスがあって、キャンディーと綿の耳栓が配られた。

私と妻とM氏は、一番前の列に陣取ったところ、なんとコックピットが丸見え!
大丈夫かと一瞬心配になったが、これもサービスの一環として味わうことにした。

操縦席が丸見え

ポカラからジョムソンまでは、わずか20分のフライト。
眼下には、こんな段々畑が見える。
「恐くない、恐くない。こんなに眺めがいいんだし」と必死に自己暗示をかける私。

眼下に見える段々畑

やがて、右側にダウラギリ、ニルギリなど、ヒマラヤの峰々が見えてくる。
最初は西に向かって飛ぶが、10分以上たったところで右に旋回。谷間に沿って北上する。
「恐くない、恐くない。眺めがいいし……」と口のなかで唱える。

ヒマラヤの峰々

そして、山のすれすれを右に左に旋回して、あっけなくジョムソン空港に着陸。「なんだ、もう少し乗っていたかったな」と勝手な感想を口にする私であった。

私たちが降りきるのを、ポカラに向かう乗客がタラップの下で待ち構えていた。
そして、全員が乗ったとたんに離陸! まさにバスである。
というのも、この空港は午後は風が強くなるので午前中しか運行できない。
1便20人ほどを通常は5往復ほどのピストン輸送で運んでいるのである。ちなみに、私たちが乗ってきたのがこの日の最終便であった。
確かに、風が強くなって欠航にもなったら大変である。乗客が目を血走らせて乗り込んだのも理解できる。

ジョムソン空港

そんなあわただしさをよそに、私たちもネパール人のおばちゃんたちも記念撮影。
早く空港を閉鎖したがっている職員たちに追い立てられ、パスターミナルよりも小さな空港を後にした。

ジョムソンの中心部

空港を出てすぐのところに、こんな風景が広がる。
観光客が増えているのだろう、あちこちでホテルが建設中だった。

ジョムソンの中心部

そして、しばらく町をぶらぶら。これがジョムソンのいわば新市街であり、空港はこの左側すぐのところにある。
このあと、宿に荷物を起き、さらにヒマラヤ・ムスタンのぶらぶら町歩きをすることに。
時期は乾季の終わり近く。飛行機もスムーズに飛べてよかった。雨期が近づいてくると、山々に雲がかかったりして飛行機の運航に支障があるとのこと。事故もそんな時期に起こるようだ。
それにしても、時間がたつにつれてどんどん風が強くなってくる。なるほど、これじゃプロペラ機は飛べないわけだと納得した。

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