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著書

  • 『定点写真でめぐる東京と日本の町並み』(青春出版社)
  • 『ひたすら眺めていたシベリア鉄道』(私家版)
  • 『日本懐かし駅舎大全』(辰巳出版)
  • 『鉄道黄金時代 1970s──ディスカバージャパン・メモリーズ』(日経BP社)
  • 『国鉄風景の30年―写真で比べる昭和と今』(技報堂出版)
  • 『全国フシギ乗り物ツアー』(山海堂)

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2020年6月の2件の記事

2020-06-22

涼しいボカラで一息

2019年春の大型連休ネパールの旅の続きである。
当初はカトマンドゥに10日ほど連泊してぶらぶらするはずだったが、せっかくだからということで、カトマンドゥのホテルに大荷物を置いて、ヒマラヤの玄関口であるポカラに向かった。航空会社はブッダ航空!

カトマンドゥ空港からポカラへ

ポカラはネパール第2の都市であるが、大都市カトマンドゥにくらべるとこぢんまりとして、どこか穏やかである。
しかも、山に近いだけあって涼しいのがいい。
若い女性がこんなふうにのんびりと散歩しているのは、カトマンドゥではついぞみかけなかった。

湖畔の散歩道

実は、この日から数日の間、カトマンドゥで出会ったレストランの経営者であるネパール人のM氏が同行している。
M氏は日本に絵画の勉強で留学していたこともあり、日本語がペラペラでカトマンドゥのガイドブックには必ずどこかに出てくる有名人である。
われわれがカトマンドゥに着いた翌日の晩、なにか情報でも得ようと思って訪れたレストランで顔を合わせ、意気投合してしまった。
もちろんポカラだけなら、私と妻の二人で旅を続けられるのだが、入境許可証が必要な場所に入ることになり、彼のサポートが必要になったというわけだ。

湖畔の散歩道

翌日からのハードな旅に備えて、この日はのんびりと市内を散歩。
ペワ湖の沖に見える小島には、パラヒ寺院という有名なお寺がある。手こぎの船に乗り、まずは島までいくことにした。
島に上陸すると、狭い場所なのに軍人だか警察官だかが10人ほどもいて警備がものものしい。
ここネパールでも、宗教上の対立が激しいのかと思ってM氏に尋ねてみた。

「あそこに男性がいるでしょ。あの人は警察の偉い人で、きょうはお母さんを連れてお参りに来たんですよ」
なんと親孝行のお出かけに同行して警備をしているのであった。

ポカラの大通り

ツアコンの経験も豊富なM氏であるから、ポカラの市内をあちこち連れていってくれる。
車を運転しているのは、ポカラの空港で彼がスカウトしたタクシーの運転手である。
「誠実そうな人を選ぶのが大切ですよね」とのことで、空港でなにやら話し込んでいる様子を見たときは、昔からの知り合いかと思ったほどである。

日本山妙法寺参道

日本山妙法寺というのは、その名の通り、丘の上に日本人が建てたお寺で、今では観光名所となって外国人旅行者もよく訪れる。
お寺の写真は調べればすぐに出てくるのでここでは省略して、興味深かったのはそこに至る参道である。
上の写真の建物は、レストランというか休憩所なのであるが、日本ではありえない危なっかしさである。
ネパールでも地震があるはずなので、ちょっぴり心配になってくる。

日本山妙法寺参道のコーヒー店

そして、参道の途中には日本人が経営する喫茶店があった!
「Life is beautiful」という店で、この看板の人がオーナーである。もとはネパールでウインドサーフィンの仕事をしていたという。

ここのコーヒーは、ネパールでとれる豆を使った本格的な味である。完璧を求める日本人らしさが、コーヒーのひと口めから感じとることができた。
店の雰囲気も眺めも、ネパール人店員のサービスもよく、みんなでおしゃべりをしながら小一時間ほどのんびりしてしまった。
帰ってきてからグーグルストリートビューで見たところ、素晴らしい評価だったのもうなずける。

オールド・バザール

この日の最後に訪れたのは、現在の町の中心から少し離れたところにあるオールド・バザール。
名前の通り、昔はここに商店が軒を連ねていたのだろうが、今では何軒かの商店と古い大きな建物がその名残をとどめている。
上の写真などは、カトマンドゥやパタンで見た王宮のようであるが、住んでいるのは一般の人。

オールド・バザール

おばさんたちは、おしゃべりに余念がなかった。

ホテルは、ヒマラヤが間近に見える丘の上に予約していた。
まさか翌日からそのヒマラヤの山中に分け入ることになるとは、日本で予約していたときには思ってもいなかったのである。

2020-06-08

夕刻の古都パタン訪問

昨年(2019年)大型連休でネパールに行った話の続き。

ボダナートからカトマンドゥに帰ったのが午後4時ごろ。そこから、また別のボロ路線ミニバスに乗り継いで、カトマンドゥ南にある古都パタンへ向かった。
実はこの「パタン」の発音が難しくて、バスを探しているときになかなか通じない。
どうやら、「パターン」に近いようなのだが、「パ」も「タ」も日本語のそれとは、少し響きが違うようなのだ。

夕涼みの人で賑わうクリシュナ寺院「チャヤシンデガ」

どうやら私たちの乗ったバスはパタンの中心に向かうのではなく、町の周囲をぐるりとまわって別の町に行く系統のようである。
近くにいた女の子3人に、「えっ、これはパタンに行かないよ」と言われたけれど、Google先生の地図があれば問題なし。
一番近いバス停から7、8分歩いただけで旧王宮のあるダルバール広場にたどり着いた。

2019年のパタン・ダルバール広場

1989年のパタン・ダルバール広場

上の2枚の写真は、例によって定点比較写真。下は1989年に撮ったものだ。
ここでも、地震でいくつかの建物が崩れたり傾いたりしており、修復中だった。

旧王宮のパタン博物館

これはパタンの旧王宮。カトマンドゥやパクタプルのそれと似たつくりになっている。内部は博物館になっていて、さまざまな美しい美術品を見ることができた。

時間が時間だけに、古い建物が残る地域は、夕方の散歩に出てきた地元の人でいっぱい。そして、ここでも南イタリアで見たようなオヤジ軍団をあちこちに見かけたのであった。

夕涼みするオヤジ軍団

日が暮れる前に町を見ておかなくてはと、小さな中心部をひたすら歩き回る私たち。
さすがに疲れたので、最後に建物の3階にあるカフェでひと休み。ここは涼しくて眺めがよかった。

カフェテラスからの俯瞰

のんびりとジュースを飲んでいると、いきなり黒い影がテラスの縁に現れてビックリ。
なんと野生のサルではないか。食べ物が欲しいのだろうか。

若い店員が追っ払おうとするのだが、歯をむいて威嚇する。
5分ほどのにらみ合いののち、ようやくサルが去ることになった。

夜の旧市街

サルの出没を除いては、あまりにも居心地のいいテラスだったので、気がついたときには周囲は真っ暗。
あせって旧市街の外にあるバス停まで急ぎ足でやってきたのだが、バスの姿はない。
やがて到着したバスの運転手に聞くと、もうカトマンドゥ行きのバスは終わったというではないか。

でも、「あれに乗れ」と指さされた方向を見るとタクシーが1台停まっていた。
もちろんバスよりは高いのだが、日本のタクシーよりずっとずっと安く、10kmほどの道のりをたどって戻ることができた。

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