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著書

  • 『定点写真でめぐる東京と日本の町並み』(青春出版社)
  • 『ひたすら眺めていたシベリア鉄道』(私家版)
  • 『日本懐かし駅舎大全』(辰巳出版)
  • 『鉄道黄金時代 1970s──ディスカバージャパン・メモリーズ』(日経BP社)
  • 『国鉄風景の30年―写真で比べる昭和と今』(技報堂出版)
  • 『全国フシギ乗り物ツアー』(山海堂)

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2020-05-09

丘上のスワヤンブナート仏塔への散歩

2019年大型連休に訪れたネパールの話のつづき。
カトマンドゥ中心部のダルバール広場をあとにして向かったのは、町の西部にあるスワヤンブナート仏塔である。

下の写真の左にある丘の上にあるのがその仏塔で、ガイドブックによれば、カトマンドゥ市民の憩いの場だという。
ちなみに、この写真は1989年に王宮の上層階から撮ったもの。現在は地震の修復作業中なので王宮には入れない。

王宮からスワンヤブナート仏塔を遠望
ダルバール広場から丘のふもとまでは歩いて30分あまりだとGoogle先生が教えてくれたので、晩飯前の腹ごなしを兼ねて歩いていくことにした。
広場や大通りからそれると、とたんに外国人観光客の姿が見えなくなり、地元の人の生活感あふれる界隈となった。
下の写真の中央上に見えるのが仏塔である。
仏塔の丘のふもとから
ふもとまでたどり着くと、夕方の散歩に訪れた地元の人でごったがえしているではないか。
かなり棒になった足に鞭打って、急な階段をひいこら上がっていく私たちであった。

仏塔の丘への階段
そして、ようやく見えてきた仏塔の先端。
もっとも、仏塔自体は翌々日に向かったボダナートのほうが、はるかに巨大であった。

仏塔の丘への階段
蒸し暑くて埃っぽいカトマンドゥであったが、さすがにここまで登ると涼しい風が吹き抜ける。
境内には野生のサルがいて、人びとの目を楽しませていた。

下の写真の家族(たぶん)は、知り合いというわけではなく、彼らの記念写真に便乗して勝手に撮ってみたものである。
町をバックにしてなかなかいい感じではないかと思う。

仏塔の丘の上
大きな仏塔の周囲には小さな仏塔やらマニ車やらがあって、さすが聖地という感じ。
とはいえ、敬虔なヒンドゥー教徒らしき人は多くないようで、まるで浅草の観音様を狭くしたような雰囲気であった。

仏塔の丘の上
結局、行きも帰りも歩きづめだったが、おかげでガイドブックにはないような地元の息づかいを味わうことができたのは楽しかった。
やっぱり、旅は歩かなくちゃ……疲れはしたけれど、そう思える1日であった。

カトマンドゥの日常風景
晩飯は、タメル地区にある「ムスタン・タカリキッチン」という店に目星をつけておいた。
店主が日本語堪能ということを知り、旅のいい情報でも仕入れられないかという妻の作戦というか下心である。

そばがきの入ったダルバート
あとで知ったのだが、ここは山奥にある旧ムスタン王国地区に住むタカリ族の料理が得意な店とのこと。
店のネーミングはそれに由来するわけだ。店主の奥さんがそちらの出身だそうである。
この料理は、ネパールでおなじみのダルバールだが、米の代わりにそばがき(!)を使っているところが特徴。
ムスタンは寒冷な高山地域なので、米がとれないのだろう。

そして、この店で主人のM氏と意気投合したことで、旅は思いがけない方向に進むことになる。

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