30年ぶりのネパール訪問から1年がたって
昨年末から年初にかけての超多忙で引き籠もり生活の連続。
ようやく時間ができて遠出をしようと思ったところで、新型コロナ感染症騒ぎが起きてしまいました。
人一倍、引き籠もりに励んでいたのですが、どうも気分が晴れずにブログをおざなりにしていました。
しかし、形だけでも大型連休になったところで、昨年の大型連休に妻と二人で出かけたネパールを思い出し、少しずつ記事を書くことにしました。
出発は2019年4月26日の真夜中。妻にとっては初めて、私は30年ぶりのネパール。
出発前があまりに忙しく、「まあ2度目なんだし、のんびり行こう」と、カトマンドゥの宿を10泊ほど予約して、何の計画も立てずに出発したのですが、あにはからんや、現地でさまざまな出会いとハプニングがあって、のんびりどころではないサバイバルの旅となったのでした。
空港上空の混雑のために何度も飛行機が旋回して到着が1時間半遅れ、さらに空港内が大混雑で入国手続きに1時間半かかり、ホテルからの送迎は影も形もなかったという、あまりにありがちな展開に腹も立たず、思わずニヤリとしてしまうところから旅ははじまった。
宿は、外国人が多いタメル地区。本格的に動いたのは2日目からで、まずは市内をぶらぶら。
最初の写真は、旧王宮横にあるカーラ・バイラヴ。レンズが曇っているのではなく、線香の煙が充満しているのである。
歴史的建造物が建ち並ぶダルバール広場の写真は、次回にまわすとして、まずは繁華街散歩。
土曜日だからなのか、いつもそうなのか、中心部のシッディダス通りはカオスであった。
シッディダス通りの大混雑に人酔いして、裏道に入ると、ずらりと服地屋が並んでいて壮観。
なかなかカッコいいお姉さんも闊歩する。
そして、疲れたらカフェでひと休み。2年前に行ったインドネシアと違い、どこでも気軽にビールを飲めるのがいい。
乾燥して熱いものだから、ビールでも飲まないとやっていられない。
そして、おつまみに選んだのは、インドでもおなじみのサモサ。
腹にたまるから夕食が心配だが、お姉さんの働きを見ると食べずにはいられないのであった。
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