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著書

  • 『ひたすら眺めていたシベリア鉄道』(私家版)
  • 『日本懐かし駅舎大全』(辰巳出版)
  • 『鉄道黄金時代 1970s──ディスカバージャパン・メモリーズ』(日経BP社)
  • 『国鉄風景の30年―写真で比べる昭和と今』(技報堂出版)
  • 『全国フシギ乗り物ツアー』(山海堂)

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2018-11-14

国境の町アヤモンテの今昔比較写真

前回予告したポルトガルとの国境の町アヤモンテ(Ayamonte)の定点対照写真である。

アヤモンテなんてどこにあるか知っている人は少ないだろうし、興味がないという人も多いだろう。
だが逆にいえば、1981年にここで国境を越えて、しかも町の写真を撮っていた人はほとんどいないだろうから、地元の人にとっても、そこそこ貴重な記録かもしれないと勝手に思っている。

まずはアヤモンテ駅である。
現在、鉄道はウエルバで行き止まりになっているが、かつてはそこからアヤモンテまで線路が続いていた。

旧アヤモンテ駅は、そのままバスターミナルに変身。町外れに位置しているため、今でも背後には何もない。

1981年のバスターミナル
2018年のバスターミナル

次の写真は、駅から中心部に向かう途中の脇道を入ったところ。
白い壁の家々が続いて、南スペインに来たなという印象だった。

今では、家が増改築されて2階建ての家が増え、壁の色もさまざま。
左端の家の看板に「TAL」と見えるのは、「HOSTAL」のこと。安宿である。

1981年のアヤモンテの住宅街
2018年のアヤモンテの住宅街

500mほど歩くとアヤモンテの中心部あたりに達する。
当時は、地元の人で賑わっており、少なくともここには観光客の姿は見えない。

現在も建物自体はほとんど変わっていないが、おしゃれな感じに整備されて、壁の色がここでもカラフルになっていた。

1981年のアヤモンテ中心部
2018年のアヤモンテ中心部

そして、川辺の様子がこれ。
ここから川沿いに真っ直ぐいくと、ポルトガルに向かうフェリーの乗り場になる。
フォークリフトだろうか、重機に二人乗りしているおじさんたちがかわいい。

川の中に立っているコンクリートの構造物が、今でも同じ場所に残っていた。

1981年のアヤモンテのフェリー乗り場近く
2018年のアヤモンテのフェリー乗り場近く

下の写真の正面左側が、フェリー乗り場になる。
1981年はEU統合前(シェンゲン条約前)なので、国境を越えるときにはパスポートチェックがあって、ちょっと緊張する場所だった。もっとも、貧乏学生には税関の検査はなかった。

今では、切符(1.75ユーロ)を買うだけで、気軽に行き来できる。

1981年のアヤモンテのフェリー乗り場近く
2018年のアヤモンテのフェリー乗り場近く

残念だったのは、当時の船の写真を撮っていなかったこと。
国境だからと、ちょっと緊張してカメラを出さなかったからかもしれない。

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