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著書

  • 『ひたすら眺めていたシベリア鉄道』(私家版)
  • 『日本懐かし駅舎大全』(辰巳出版)
  • 『鉄道黄金時代 1970s──ディスカバージャパン・メモリーズ』(日経BP社)
  • 『国鉄風景の30年―写真で比べる昭和と今』(技報堂出版)
  • 『全国フシギ乗り物ツアー』(山海堂)

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2018-11-03

コルドバのいまむかし1981-2018年 定点比較写真

予定外のコルドバ訪問だったが、せっかくなので、ここでも37年前との定点比較写真をやってみた。
最初の2カ所は、メスキータが写り込んでいるので、すぐに場所が特定できた。

1981年のローマ橋

これは、1981年12月、グアダルキビル川を渡る「ローマ橋」(Puente Romano)の上から、メスキータを望んだ写真である。
冬ということもあるが、どこか寂しい田舎町といったたたずまい。
今から思うと信じられないが、観光客の姿もまばらだった。

2018年のローマ橋

そしてこれが、ほぼ同じ場所からの写真。
観光客がひっきりなしに橋を渡っている。
賑やかなイタリア人のグループが、メスキータをバックに記念写真を撮っていた。

1981年のメスキータ東側

次の1枚は、このローマ橋のメスキータ側。
写真の手前側が、橋のたもとにあるがトリウンフォ広場で、この写真の正面の道は「トリホス通り」(Calle Torrijos)という。
右に見える壁がメスキータである。
あたりまえのように自家用車が走り、道端に駐車している。

2018年のメスキータ東側

現在、車は通行止めになっているようで、観光客がのんびりと歩く道となった。
道の奥のほうには土産物屋や飲食店が建ち並んで賑わっている。

1981年のアグルパシオン・デ・コフラディアス広場

この写真を撮ったのは1981年のクリスマスの少し前のことである。
白壁の家が続く静かな町並みを歩いていると、どこからともなく女声の美しいコーラスが聞こえてきた。
やがて歌声が近づいてきて、彼女たちが姿を現した。

中学生か高校生くらいの女の子3、4人が歌っていたのは、イタリアの歌手ニッラ・ピッツィが1953年のサンレモ音楽祭で披露した「カンパナーロ」(鐘をつく人)というロマンチックな歌だった。

学校からの帰り道に、クリスマスで歌うための練習をしていたのだろうか。
ニッラ・ピッツィの艶やかな声とは対照的に、少女たちのさわやかで可憐な歌声が、静かな旧市街に響いていた。そのひとときが、この世のものとは思えず、いまも記憶に刻まれているのである。

2018年のアグルパシオン・デ・コフラディアス広場

実は、この撮影場所が最後までわからなかった。
メスキータの塔が写っているから、すぐにわかるかと思ったが、そうはいかなかった。

さして広くない旧市街とはいえ、狭い道が迷路のように続くなかで、この場所を探しあてるまで1時間近くもかかっただろうか。
最終的にヒントとなったのは、塔の先についている旗のようなものである。
おそらく金属でできているだろうかか、その向きは今でも変わっていないはずだと思い、だいたいの方向を知ることができた。そこまでわかっても、まだずいぶん時間がかかったのである。

そして、ようやく探し当てたここ「アグルパシオン・デ・コフラディアス広場」(Plaza Agrupación de Cofradías)には、カフェテラスが並び、観光客がひっきりなしに行き来する場所となっていた。
でも、背後の建物は昔のままである。

最後に、ニッラ・ピッツィが歌う「カンパナーロ」をYoutubeからリンクしておく。

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