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2017年7月の2件の記事

2017-07-23

ソロの路地裏歩き(その1) バティック通りとナマズのから揚げ

車とバイクの洪水でカオス状態の大通りに疲れて、脇道に逃げ込むことにした。
ガイドブックに、「バティック工房が多くある一帯」と書かれている。
バティックとは、東南アジアから南アジア一帯で制作されている「ろうけつ(蝋纈)染め」のことで、陽光に映える素敵な模様のシャツやテーブルクロスが魅力的である。

狭い道をバイクがしばしばうなりをあげながら通りすぎていくが、まあ表通りよりははるかにましである。
この写真の右側に写っている人力車おお兄さんは、何か食材を運んでいるところだろうか。
そろそろ日も傾いて、夕食の用意もはじまるころである。

バティック通り

インドネシアでは女性も活発に動いている。
ヒジャブ(ヘジャブ)をかぶっている女性というと、中東のイスラム教徒(とくにサウジアラビアあたり)を思い浮かべて、もっぱら家で静かにしているというイメージがあるのだが、それは偏った見方であることを実感した。

ヒジャブをかぶってさっそうとバイクにまたがっている女性は、なかなかカッコいい。
放し飼いのニワトリがバイクにひかれないか心配だったが、お互いに慣れているんだろう。

バティック通りの放し飼いのニワトリ

しばらく歩いていると、馬車が2台停まっているのが見えてビックリ。
そう、このバティック通りは観光地なのだ!
建物の上に据えられた彫像にも注目。機織りをしている女性の姿か。
浅草・合羽橋交差点にあるニイミ食器のコックさんのハリボテを思い出した。大きさがだいぶ違うけど。

観光地とはいっても、土曜日というのに観光客の姿はなく、馬丁も暇そうである。
まあ、ここはあくまでも制作をする場所なのであって、小売りよりもインドネシア各地に出荷するのがメインなんだろう。

バティック通りの観光馬車

バティックのシャツを買って帰りたいのだが、あまりにも店がありすぎて選ぶだけでも大変そう。
店頭には200円程度のシャツもあったりして、これなら2、3回洗濯してダメになってももったいなくないなんて思うのたが、せっかくだからいいのを選びたい。

あまりにも選択肢が多いと、かえって困ってしまうという真理を地で行くことになってしまい、店には入らなかった。結局、最後に空港でいいシャツ(でも高い)を買うことになる。

遠慮がちに店にカメラを向けたら、赤ん坊を抱えている女性が笑顔で応えてくれたのが下の写真である。

バティック通りの路地裏

そして、交通量の少ない路地裏には、やはりネコの姿が。
このネコは親子なのだろうか。何枚も写真を撮っていたら、「いいかげんにしろ」とばかりに親猫ににらまれた。

歩き回って疲れたところで、妻が目をつけていた「カフェ」に入ることにした。
店には10代から20代と思われる若い男の子が数人働いている。
ところが、「Cafe」と書かれているのだが、コーヒーも紅茶もないという。
英語もほとんど通じないので、やむなく店を出ようとすると、近くで友人と話していた店長らしい年かさ(といっても20代前半)の男性が話しかけてきた。

バティック通りのネコ

「コーヒーはないけれども、ジャワ名物のスペシャルな飲み物がありますよ。いかがですか?」とわかりやすい英語でいう。

じゃあ、それをいただきましょうということで待っていたら、ずいぶん時間をかけてつくってくれた。
しょうがだかウコンだかと、何種類かの薬草(たぶん)をたっぷり煮出した飲み物で、いかにも体によさそうな味がする。
1杯飲んだら汗をびっしょりかいて元気が出てきた。

路地裏の喫茶店かと思ったら

最後に店の男の子に飲み物の名前を聞こうとするのだが、どうにも発音がよく聞き取れない。
そうだ! と思ってスマホを取り出しすと、すっすっと入力してくれた。
その名は、Wedang rempar
今やどこの国でも若い子はスマホが使えるんだね。

この飲み物の材料は、ソロのあとに訪れたジョグジャカルタのスーパーでパックになって売っていたので、妻が大量に買い込んだ。これで今年は夏バテ知らず……になるといいのだが。

ナマズの丸揚げ

ところで、この店の客は若い人が多く、みんな揚げ物とご飯を食べて、さっさと帰っていく。どうやら、ジャワ風ファースト・フード店のようだ。
何の揚げ物かと思ってカウンターで見たら、これだった。
ナマズのから揚げだった。小さなナマズを丸ごと揚げである。せっかくだから、私も1匹だけいただくことにした。

ナマズ鍋は東京のどじょう屋で食べたことがあるが、揚げ物は初めてである。いかにも白身魚らしい淡白な味が結構でした。

店を出ると、すっかり日が暮れていた。

2017-07-14

インドネシアの古都ソロのカオスな表通り

ソロの宿泊は、ジャワ文化が満喫できるというロイヤル・スラカルタ・ヘリテージ・ソロというホテルを予約しておいた。名前からして豪勢なホテルだが、事実、名前負けしない見事なものだった。
部屋はそれなりだが、歴史ある古いホテルなのでしかたがない。

内装をいちいちお見せしていたらきりがないので、ホテルの入口付近からフロントを見たところを1枚。スタッフも訓練が行き届いていて、これで1泊6000円弱だからお値打ちである。

歴史的なホテル

1泊しかしないので、そそくさと部屋を出て町歩きへ。ホテル前がちょうど町の中心部である。

ジャワの古都というから優雅な雰囲気の町を思い浮かべていたが、大通りの車とバイクの洪水は、まさにカオス!
頭のてっぺんに赤道近くの真昼の日射しを受けていることも相まって、私の頭はくらくらしてきた。

交差点で客待ちをするペチャ

しかも、片側3車線もあろうかという広い道なのに横断歩道がない。
ひっきりなしに通る車の隙を狙い、ドライバーの目をしっかと見据えながら向こう側に渡らなくてはならないのである。

屋台が並ぶ通り

メインルートを外れると、両側に簡易な食堂や屋台が軒を連ねる庶民的な道となった。
写真でわかるように、道路にはレールが敷かれている。
「はて、路面電車の廃線跡か」と思ったのだが、その正体は翌日にわかる。

簡易な食堂が並ぶ

ごみごみした露店街の背後には城砦が広がっていた。門が空いていたので入ってみると、なんと城砦の内側の更地でコンサートの準備をしているではないか。

近寄ってよくみると、土曜日であるこの日の夜に、ガムランの演奏会が開かれるようである。さすが古都ソロである。
バックのビジョンには、たぶん名演奏家なのだろう、顔が大写しになっていた。

ガムラン音楽祭準備中

大通りに戻ってぶらぶらしていたら、いろいろなものを見つけた。
下の写真はバス停である。歩道を嵩上げして乗り場としている。
なるほど、これなら段差なしで乗ることができる。バスを低床化するのではなく、こういう方法もあるのかと思った。東京の都電方式である。

大通りのバス停

次の写真は、ご想像がつくだろうが花輪屋である。右の花輪は、結婚式のものらしく、新郎新婦の名前と披露宴会場のホテルの名前が記されていた。

ベニヤ板に飾りつけをしているのかと思ったら、なんと段ボールであった。
だから、このようにペチャ(三輪の人力車)で運ぶことができるわけだ。

花輪づくりの店

最後の写真は銀行の看板。
この国の共通語であるインドネシア語はラテン文字なのだが、この看板の上側にはジャワ語が書かれている。
王家があり、伝統文化の栄えたジャワ島で話されてきたジャワ語(今も話されている)は、日本語以上に敬語表現が発達していて難しいという。
文字は南インド由来らしく、確かにタミール文字に似ている。

ジャワ文字の看板

意味がわかるかどうかはともかく、読めない……というか発音できない文字が世の中にあるのは悔しいものである。
そう思って、これまでアラビア文字、ギリシャ文字、キリル文字、ハングルは、なんとかそれらしく発音だけはできるようになったが、インド、東南アジア系はまだまだ。
アルメニア文字やエチオピアのアムハラ文字も知りたいが、日々の塵労に追われて時間がとれないのが残念である。

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