2018年12月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

著書

  • 『ひたすら眺めていたシベリア鉄道』(私家版)
  • 『日本懐かし駅舎大全』(辰巳出版)
  • 『鉄道黄金時代 1970s──ディスカバージャパン・メモリーズ』(日経BP社)
  • 『国鉄風景の30年―写真で比べる昭和と今』(技報堂出版)
  • 『全国フシギ乗り物ツアー』(山海堂)

« 大阪 天王寺と阪堺電車の今昔比較写真(1) | トップページ | 大阪 1980年の南海平野線と現在の今昔比較写真(1) »

2016-05-06

大阪 天王寺と阪堺電車の今昔比較写真(2)

前回の続き。
天王寺からあべの筋を南下して、最初の大きな交差点が阿倍野交差点。
ここで、かつては平野線(1980年廃止)と上町線が交差していた。

阿倍野交差点1979年

この写真は、1979年3月に交差点から西側を撮ったもの。写真の右側が、天王寺駅方面である。
正面に見える電車(249号車)は、恵美須町からやってきて平野に向かう系統。
手前の電車は、平野から来て、阿倍野交差点で右折して天王寺に向かう系統である。

阪堺電車というと、やっぱりこの色がいいなあ。
古い車両にはこの重厚な緑色が似合う。ドアと窓枠が茶色なのもおしゃれ。

阿倍野交差点2016年

現在、上町線は元気に走っているが、平野線はこれを撮った翌年に廃止になってしまった。

次の写真は、阿倍野交差点から100mほど西に行ったあたり。
これも同じく1979年3月に撮った平野線の電車(151号車)。
バックの低層の商店が時代を感じさせる。

阿倍野交差点付近1979年

そして、上の写真から37年。周辺はすっかり変わってしまったが、阪神高速(14号線)だけは昔のまま上を走っている。

阿倍野交差点付近2016年

次の写真は、天王寺駅前に到着寸前の電車(122号車)。方向幕は、すでに折り返し後の「住吉公園」に変わっている。
これを撮ったのは1980年1月。大学3年生の冬である。就職はしないことに決めていたので、のんきに南紀をめぐっていた。

天王寺駅前1980年

そして、これが同じ場所の2016年。道路が手前側に拡幅されたので、まったく同じ場所で撮ろうとすると車に轢かれること必定である。
背景中央の緑色の建物が、あべのハルカス。

天王寺駅前2016年

最後にもう1枚おまけ。天王寺駅に隣接する近鉄南大阪線阿部野橋駅の1979年の姿である。
バックの近鉄百貨店阿倍野本店が、現在のあべのハルカスがある場所。

近鉄阿部野橋駅1979年


当時は、駅を出たすぐのこんなところに踏切があった。
今回は、せめて近い場所で写真を撮れないかとうろうろしたが無理だった。電車内から撮ればいいのかもしれない。

« 大阪 天王寺と阪堺電車の今昔比較写真(1) | トップページ | 大阪 1980年の南海平野線と現在の今昔比較写真(1) »

ニッポン旅ごころ(東京、沖縄以外)」カテゴリの記事

鉄道、乗り物」カテゴリの記事

コメント

すかんぴん様
コメントありがとうございます!
お返事が遅くなってすみません。

阿部野橋駅は、昔とはまったく別の駅ですよね。
同じ場所は、今では駅構内ですか。
確かに、ホームを延長したのでしょうから、そうなるのかもしれませんね。
今度行ったときに確認してみます。

画像に出ている踏切は今は東口の地下通路、『庚申街道』ではないでしょうか? 
だとしたら、同じカットでとるとなると、駅構内になりますね。

はじめまして。
阿部野橋駅の東側からみた写真、懐かしく拝見しました。
南大阪線沿線出身で、阿部野橋はよく利用していました。写真のころはちょうど小学校入学のころです。当時、電車の先頭はまだ屋根がなく、こっちのほうがすいてるんや、と父親に前のほうに連れて行かれたのを覚えています。雨の日は・・・・でしたが。昔はなんとなく黒っぽい駅だった印象があるのですが、今の綺麗になった阿部野橋はなんかよその国のような印象で、違和感があります。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 大阪 天王寺と阪堺電車の今昔比較写真(1) | トップページ | 大阪 1980年の南海平野線と現在の今昔比較写真(1) »

フォト
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想

広告


訪問者数(重複なし)


  • 累計
    今日
    昨日