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2015-05-24

備瀬のフクギ林でのんびり

今帰仁の仲宗根の雰囲気にひたりすぎ、あまりにものんびりしすぎてしまった。
「そろそろ次のバスの時間かな」と思って、表通りに向かって歩きはじめたとたん、狭い道の向こう、20mほど先をバスが左から右へと通りすぎていくのが見えた。
そこで走り出したけれども、遅すぎた。

備瀬のフクギ林

行き当たりばったりの旅が好きな私だが、さすがにこれにはがっくりした。
なにしろ、この日は旅の最終日だから、ある程度計画的に動かなくてはならなかったのだ。しかも、土曜日だったから、バスの本数が少ない。

それにしても、前のバスから30分しか間がなくて、次のバスまで1時間半も空いているとは、どういうことなのか。不条理というほかない。
とはいえ、文句を言ってもしかたがない。今帰仁村でさらに昼の1時間半ほどのんびりしようかと思ったが、食事をする店も見あたらないし、ましてや喫茶店もなさそうである。

──まずは、スーパーで頭と体を冷やすか。
国頭村とは違って、そこそこ大きなスーパーがあった。そこに入ろうと思ったところで、店の前にあるタクシー会社が目に入った。

備瀬

次の目的地である備瀬までは、10km弱といったところか。
「ちょっと出費が痛いけれどタクシーを使うか。それともやせ我慢をして、ここで1時間半過ごすか?」
30秒ほど迷った末、清水の舞台……いや今帰仁城の城砦から飛び降りたつもりで、タクシーに乗ることにした。

乗ってしまえば楽チンである。
エアコンはついているし、40代半ばから後半と見える運転手のお兄ちゃんと楽しく会話もできて、しかも2000円台で済んだ。東京のイメージで、4000円近くかかるんじゃないかと覚悟していたものだから、これは望外の喜びであった。

備瀬

「きょうみたいな暑い日は、備瀬はいいよ。フクギが茂っているから日が当たらないしね」
運転手氏の言ったことは確かだった。

フクギ(福木)というのは、沖縄や台湾でよく見かける葉の厚い木である。
ここ備瀬の集落は、村にフクギを植えてあるというよりも、フクギ林のなかに村があるといったほうが近いだろう。
密生したフクギのおかげで、厳しい日光の直射を避けることができる。しかも、海から吹き寄せる風はよく通る。まさに、この土地ならではの工夫といってよい。
なぜ、ほかの村ではこうしなかったのかと思うほどだ。

備瀬

美ら海水族館のある海洋博公園からも近く、ガイドブックには必ず載っている場所なのだが、観光客でごった返しているというほどではない。
集落は意外と広いので、入口から奥に行くにしたがって人影はまばらになっていく。

落ち葉を掃除している地元の奥さんがいた。
目が合うと、「掃除をするのも大変なのよ~」と笑っていた。
確かに、ずいぶん道がきれいだなと思っていたのだが、その陰にはこんな苦労があるのだ。
集落の入場料があるわけでもないのに、観光客としては頭が下がる思いである。

備瀬から見る伊江島

フクギ林の向こうに海が見えたので、そのまま海岸に向かってみると、タッチュー(城山)に特徴のある伊江島が見えてきた。
でも、日なたは暑いので、すぐにフクギ林に引っ込んでしまう軟弱な私であった。

──さて、そろそろ次のバスが来るころかな。
そう思ってバス停にやってくると、なぜか次のバスは1時間以上も後。
前のバスからは2時間40分もの間隔があった。
──おかしいなあ、今帰仁のバス停の時刻表だと前のバスの1時間半後にやってくるはずなんだが……。

理由はあとでわかったのだが、乗ろうと思ったバスはこの備瀬を経由しないのであった。備瀬や海洋博公園といった岬の端を通らずに、内陸の謝花という集落を通る。

ということは、今帰仁で1時間半待っていたら、そのバスは備瀬に来なかったのである。結果的にタクシーに乗ったのは大正解であった。
もっとも、謝花経由の便に乗ったら乗っていたで、何かおもしろい出来事があったかもしれないけどね。

いずれにしても、さらに1時間以上、今帰仁よりも何もないここで過ごすのはつらそうである。昼過ぎの刺すような日射しを脳天に受けながら、何も考えずに本部方面に向かって歩きだす私であった。

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