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2015年4月の3件の記事

2015-04-30

那覇:改修迫る農連市場

てびちそばで腹ごしらえをしたところで、市場つながりで、栄町市場から農連市場へぶらぶら。
途中で焼き物の町である壺屋を通ったが、焼き物をたんまり買い込む危険があるので、今回はあまりショーウィンドウは覗かずにひたひたと通りすぎた。

農連市場

農連市場については、ずっと前に書いたことがあるのだが、牧志の第一公設市場が観光客用であるとしたら、こちらは那覇市民の台所という感じ。

市場の中央をガーブ川が流れ……というよりもガーブ川の両岸に市場の建物を建てたというほうがいいかもしれない。
どぶ川のような流れの上を、危ない木の橋が渡してあるところなど、まさに東南アジアの市場にいるような錯覚さえ覚える。

農連市場

いかにも入りづらそうな入口だが、素人でも観光客でも買い物ができる。

この市場は相対(あいたい)取引──つまり、当事者が値段の交渉をするという方式が残されている。
といっても、ここでものを買ったことがなくて、ただぶらぶら歩くだけなので、偉そうなウンチクを垂れる資格はない。

農連市場

昼過ぎでも賑わっている牧志とは違って、農連市場は朝早くに賑わっているとのこと。
那覇に泊まって早起きして訪れればよいのだが、生来の不精が災いして、そうした場面も見たことがないのが残念である。
それでも、昼過ぎまで店を開いているところもあって、今回もいい雰囲気を味わうことができた。

農連市場

それにしても、ただでさえ古びた建物なので、訪れるたびにあちこちにガタか目立つようになった。
いつ崩れ落ちるのではないかとひやひやしているのだが、それは地元の人もそう思っているようだった。震度4くらいの地震が来たら危ういかもしれない。
市場の周囲の建物も老朽化が目立つ。

農連市場

いつまでこんな風景が見られるのかなと思いつつ、今回もこの市場を目にすることができて那覇に来た実感にひたることができた。
ところがである。なんと、付近の再開発にともなって、この味わい深い市場が今年度じゅうに取り壊されてしまうとのこと。東京に戻ってきてから知った。
そうと知っていたら、もっと端から端まで見て撮っていたものを……。

そして、姿を変えるのはここだけではなかった。

2015-04-29

那覇:栄町市場でてびちそば

大型連休を前に、4月22~25日に、沖縄に3泊4日の旅をしてきた。
JALのマイレージが期限切れになってしまうというので、久しぶりの無計画な旅行。
決めていたのは、最初の2泊をコザの安ホテルにしたことくらい。
結果的に、なかなか中身の濃い旅になったのである。

さて、那覇空港に着いたのは昼前のこと。コザに向かう前に、那覇市内をぶらぶらすることにした。
時間もないので、行き先は勝手知ったる栄町市場、農連市場、開南あたり。

栄町市場

荷物を空港のコインロッカーに預けて身軽になり、モノレールに乗って安里へ。
腹ごしらえを兼ねて、まず向かったのは栄町市場である。
ディープな商店街として知る人ぞ知る存在だったが、ここ数年はかなりメディアでも取り上げられるようになった。
おかげで、一時は風前の灯とも思えた行く末だったが、そこそこ人が来ているようで、多くの店が健在なのは喜ばしい。

栄町市場

ここで働くおばちゃんたちのコーラスグループだかダンスグループだかが結成されたという話を聞いたが、そんな進歩的なニュースなど微塵も感じさせないほど、十年一日のごときのんびりとした雰囲気が保たれていたのは幸甚である。

栄町市場

名カメラマンだったら、ここで働くおじいやおばあに肉薄して、素晴らしい写真を撮るところだろうが、私はただの通りすがりである。親しい関係でもないのに、いきなりカメラを向けるわけにもいかない。というわけで、こんな中途半端な写真しか撮っていないのである。

栄町市場の玉の屋

栄町市場には、何軒もの食堂があるのだが、今回入ったのは玉の屋という沖縄そば屋。
初めて入るにはちょっと度胸のいる入口周辺だが、なかに入れば、ごく普通の沖縄の食べ物屋である。
いや、よく見ると、おばちゃんは濃いめの眼鏡をかけて強面だし、店のなかは所狭しとものが置かれていてかなりディープではある……。

玉の屋のてびちそば

ソーキそばでも食べようと思ったがメニューにない。そこで、てびちそばを注文。てびちとか足てびちというのは、豚足のことである。
数分後におばあが持ってきてくれたそれは、そばが見えないほど豚足が盛られて600円。
店構えや、おばあの面構えとは相反して、とても上品な味付けで、おいしゅうございました。
おばあも強面ではあるけれど、けっして無愛想というわけではない。濃い眼鏡も、単なる白内障の対策なのかもしれない。

2015-04-17

秋田・阿仁合ぶらぶら散歩

また更新が滞ってしまったけれど、3月の東北旅行の続き。
青森から奥羽本線で県境を越えて鷹ノ巣へ。
この日の目的は、秋田内陸縦貫鉄道に乗ることであった。
国鉄時代は、北部が阿仁合線、南部が角館線で、第三セクターになってから全線が開通した路線である。
いずれも、まだ乗ったことがなく、今回が初乗車となった。

阿仁合駅

ただ乗っているだけではおもしろくないので、途中の阿仁合で下車することにした。
1時間待つと、角館行きの急行がやってくる。
阿仁合駅でまずやったことは、駅構内にある食堂「こぐま亭」で、馬肉シチュー+黄金ライスを食べること。
ここに来るまで知らなかったのだが、列車のなかに広告があったので試してみたら、実に美味であった。

阿仁合駅の「こぐま亭」

上の写真がそれである。
こんな小さな店ではあるが、阿仁合出身のシェフは都会の有名店で修業をして帰って来たのだそうだ。

阿仁合駅前

腹がいっぱいになったので、残る時間でぶらぶら散歩である。
駅前はあちこちに更地があって、やけにさっぱりしている。国鉄時代に来ていたら、ずいぶん楽しかっただろうにと後悔をする私であった。

阿仁銀山の街並み

駅周辺の地名は「阿仁銀山」。まさに、鉱山で栄えた阿仁合ならではの地名である。
もっとも、現在は鉱山の名残はほとんどなく、鉄道に並行して走る羽州街道沿いの商店街も、活気があまり見られない。
そんななかで見かけた不思議な家が上の写真。普通の民家の上に、帽子をかぶったような形をしている。
雪が積もったときに、これで大丈夫なのだろうか。なぜか、似たような家がほかにもあったところを見ると、これが流行だったのかもしれない。

阿仁銀山の街並み

もう少し、羽州街道を南下。じつは、阿仁合の中心である銀山地区は大火があったために、古い家は残っていない。
それでも、どことなく情緒ある不思議な家々を見ることができた。

阿仁川あたり

鉄道路線をへだてて、羽州街道とは反対側には阿仁川が流れている。
秋田内陸縦貫鉄道の北半分(旧・阿仁合線)は、この阿仁川に沿って走っているわけだ。
今では町外れとなっているこのあたりも、古い地図を見ると銅山の採掘所があったようで、ずいぶん賑わっていたことだろう。まさに、つわものどもが夢の跡である。

阿仁水無地区


こちらは、羽州街道の北側。銀山地区の外れから坂を登った水無地区から、銀山地区を見たところである。
1日に2本しか走っていないバスが、ちょうどやってきて、交差点を駅に向かって左折しているのが見える。

旧・宮越商店


そして、これが水無地区に残っている旧・宮越商店。かつての呉服屋であり、幕末には豪商として栄えたと書かれていた。現在でも人が住んでいるので、美しく保たれているのは喜ばしい限りである。
とくに、このガラスは写真でも波うっているのがわかるように、昔ながらの製法でつくられたものではないかと思う。割れてしまったら、はたして元通りに再現できるのかどうか。

阿仁合駅


というわけで、小一時間の阿仁合の町めぐりであった。
そうそう、駅前にある内陸縦貫線資料館は、鉄道ファン必見である。前身である阿仁合線、角館線の歴史はもちろん、沿線を走っていた森林鉄道や鉱山鉄道の写真や資料も満載。ぜひとも、本にまとめてほしいところである。

阿仁合からは、急行「もりよし」で角館へ。アテンダントの女性は、さきほど鷹巣から阿仁合まで同乗していた人であった。地元愛に満ちた丁寧な説明を聞いていると、ぜひ近々再訪してみたいものだと思ったのである。

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