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2013-05-06

板橋区大門: 浅間神社

世の中は神社ブームだそうである。
仏像ブームに続いて神像が人気を呼んでいるというから、寺ガールの次は神ガールが話題になるかもしれない。

町並みの変化を味わいながら散歩をする身にとっては、寺や神社は昔とほとんど変わることがなくて、失礼ながらそれほど強い興味を持っていなかった。
だが、都会のまん真ん中にうっそうとした鎮守の森があって、静寂に満ちた空間が広がるというのは、なかなかいい風景である。ほかの国では、あまり見られないのではないか。

浅間神社

と、さんざん能書きを垂れたあとで今回紹介するのが、板橋区大門にある浅間神社である。
このあたりは、かつて徳丸ヶ原と呼ばれた地域の一部で、純然たる農業地帯だったという。

20年ほど前に訪れたときも、都区内とは思えないほどのんびりとした風景が広がっていたが、なかでも興味を抱いたのはこの地域に点在する神社の数々であった。

浅間神社

この地域で有名な神社というと、重要無形民俗文化財に指定された「田遊び」の祭りが行われる板橋北野神社と赤塚諏訪神社だが、それにも増して印象的だったのが、この写真の浅間(せんげん)神社である。
ほかの神社ならば、大きな鳥居の向こうに立派なお堂が建っているところだが、トップの写真を見ればわかるように境内はがらんとしている。しかも、写真の手前側には金網が張ってあって、奥のほうにぐるっとまわって入るしかない。

浅間神社の富士山

すると、境内の隅に小さな鳥居があり、小さな祠が3つ、石像が2体立っている。ほかの神社の境内でも、メインのお堂の端にこうした祠が間借りするように合祀されている例はよくみるが、ここはこの祠が主人公である。
パワースポットという呼び方は好きではないが、この神秘的ともいえる情景を見ていると、どこか不思議な気分になってくるのは確かである。

そして、碑がいくつも建っているのが見えるが、その多くは富士講のようである。浅間神社という名前からも、ここが富士信仰の神社であることはわかる。
そして、祠の裏にはやはり富士山があった。ここを登ることで、富士山に登ったことになるというやつである。最近では、東京の富士山めぐりをする物好きな人も増えてきたようで、ご同慶の至りである。

浅間神社の富士山

そして、これがその富士山山頂からの眺め。ピンクの木は花桃だろうか。
奥の無機質な塀は国道17号線新大宮バイパスである。20年ほど前、初めて大門・徳丸を散歩したときには、まだ用地買収が始まったばかりだったが……。

浅間神社の富士山

これが、山頂から「登山道」を振り返った写真。
そういえば、私が小学生のころに住んでいた浅草北部にも、浅間神社があった。やはり富士信仰の神社で、地元では「お富士さん」と呼ばれていた。有名な浅草の植木市はここを中心にして開かれる。

ところで、「せんげん」という音読みの呼び名は中世か近世になってからだろう。もとは、「あさま」だったのは間違いない……と思って調べたらやはりそのようだ。「浅草(あさくさ)」と「浅草寺(せんそうじ)」のようなもので、ちょっと気取って音読みにする例はよくある。

では、なぜ浅間山ではなくて富士山信仰が「あさま」なのかと誰もが考えるところだが、はっきりとしたことはわかっていないらしい。
それらしい説明として、「あさま」ということば自体に火山の意味があって、大昔は噴煙を上げていた富士山も「あさま」だったのではないかという。おそらく、そんなところだろう。
となると、「あさま」の語源は何かということになるが、「あ・さ・ま」をどう分けても、くっつけても該当する古語は思い当たらない。アイヌ語が語源ではないかという説もあるそうで、謎は深まるばかりである。

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