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著書

  • 『ひたすら眺めていたシベリア鉄道』(私家版)
  • 『日本懐かし駅舎大全』(辰巳出版)
  • 『鉄道黄金時代 1970s──ディスカバージャパン・メモリーズ』(日経BP社)
  • 『国鉄風景の30年―写真で比べる昭和と今』(技報堂出版)
  • 『全国フシギ乗り物ツアー』(山海堂)

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2012-07-07

炎天下、カステルヴェッキオ・ズベークオへの道

セチナーロの遠景を撮ったのはいいが、すでにバスは広場を出た時刻である。
しかも、そのときにいた場所は、バスが通る道ではない。
田舎町だから、手を挙げさえすればバスは停まってくれるのだが、残念なことにバスは尾根道を大回りしていくのだ。

となると、3時間後のバスに向けて、方針は2つに1つ。
急坂を20分ほど登ってセチナーロの広場に戻るか、だらだらと下り坂を歩いて隣町まで行くかである。

去りゆくセチナーロ

答えは一瞬にして出た。
同じ道を戻って、すでに見た町で3時間近く時間をつぶすのはつまらない。未知の道を行こうと、シャレを交えて決断した。
それがたとえ、30度を越える炎天下であっても、そして隣町まで9kmあるにしてもだ。あとに戻るのは、性格的に苦手なのである。

じつは、そんなこともあろうかと、私は日焼け止めクリーム、サングラス、帽子を持参していた。
この1つを欠いても後悔の原因になることは、これまでの経験で身に沁みてわかっていたからだ。
おかげで、日焼けで苦しむこともなく、ただでさえ寂しくなっている髪の毛がぱさぱさに痛むこともなくて済んだ。

振り返ると、上の写真のようにセチナーロが遠くに去っていく。そして、目の前には家一軒ない。という状況が、その後2時間ほど続くことになる。

120704b
私が歩いている道には、たまに思い出したように車が通るだけ。

道端には、こんな看板が立っていた。
この一帯は、シレンテ・ヴェリーノ(Silente Velino)州立自然公園に指定されているのであった。

だが、幸か不幸か、イノシシにもシカにも、そしてクマにも出会うことはなかった。

目的地は、カステルヴェッキオ・ズベークオ(Castelvecchio Sbequo)という町である。
行きにバスで通って、なかなか雰囲気のよい丘上都市だと思っていた。
バスは、前述の通り、そこから遠回りをしてガリアーノ・アテルノ(Gagliano Aterno)という町を経由して、セチナーロに向かうのである。

分かれ道

この日、平地では38度まで上がったそうだ。
アブルッツォの山の中も、日射しは刺すように痛かったが、高原ということもあって気温は30度程度だっただろうか。
しかも、日本の夏と違って湿度が低い。さわやかな風も吹いていたので、日陰は意外に過ごしやすい。
道のところどころに現れる木々の陰で休み休み、ひたすら歩いたのである。

田園風景

道の両側に、林と麦畑が交互に現れる風景を見ながら、「そういえば、似たような暴挙は、数年前にカラーブリアでやったなあ」と思い出す。

カステルヴェッキオ・ズベークオ遠景

そうして歩くこと2時間近く。
カーブを曲がった先に、ようやく町が見えてきた。カステルヴェッキオ・ズベークオである。
だが、苦行はこれでは終わらなかった。
(つづく)

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