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2012-03-18

東武曳舟駅:両隣の駅名が変更になった駅

東京スカイツリーの竣工があって、最寄りの駅名が「業平橋」から「とうきょうスカイツリー」に変更になった。
この駅名変更がああだ、こうだという話は、面倒なので取り上げる気はないが、これによって在原業平の知名度がガクッと落ちるのが心配である。

なにしろ、現在の業平橋というのは、大横川というせいぜい幅10メートルほどの運河に掛けられた橋の名前に過ぎないからだ。しかも、業平橋あたりでは、その大横川が埋め立てられている。
今後、業平橋という名前が、人びとの口にのぼる機会は格段に少なくなるだろう。

1979年曳舟駅にて

まあ、それでも副名称として、駅名票のカッコのなかに「(業平橋)」と小さく残されたというから、まあよしとするしかないか。

ちなみに、1987年には、隣の隣にある玉ノ井駅が東向島駅に改称された。
こちらも、副名称として玉ノ井が残されたが、今も残っているのだろうか。

というわけで、その間にある曳舟駅(私の実家があるところ)は、両隣の駅名が変わったことになる。
上の写真は、その曳舟駅で1979年の10月か11月に撮った写真である。
ちゃんと駅名票が写っているのがミソである。偶然だけど。

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コメント

そう、物干しの写真を撮っておけばよかった。1980年代なかばには、夏の夕方、家の軒先(家屋密集地帯だから軒先=道端)で縁台に座り、うちわであおぎながら、将棋をやっているおじさんたちがいました。

玉ノ井、そう聞いてちょっとホッとしました。下町の住民はやはり土地への愛着が違いますね。
屋上の物干し、昔の映画でしか見たことがありません。ヴェネツィアのALTANA(でしたっけ?)みたいで素敵。ホメすぎか?

アマレットさん、ごぶさたです。
昔は、私の実家の屋上(というか物干し)からも、隅田川の花火が見えました。その日は、周囲の家の物干しも賑わっていたものですが、最近は曳舟駅周辺にも高層マンションが林立して、ほとんど見えなくなってしまいました(涙)
なかでも、浅草方向に壁のようにそそり立つマンションが憎たらしい。
「花火がよく見えるマンション」をウリにしていたんでしょう。

「玉ノ井」については、地元の人は愛着を持っています。今も「玉ノ井いろは通り」という商店街があるんですよ。
「東武博物館」をつくるにあたって、東武鉄道が「東向島」という味気ない駅名に変えようとしたところ地元は反対。結局、カッコの中に副称として玉ノ井を残すことにして決着しました。

「曳舟」は弟夫婦が数年間住んでいたので、親しみを持っている場所です。屋上からの隅田川花火見物が楽しかったなあ。
そうかー、スカイツリーはあのあたりにできたんですね。スカイツリーに全く興味ないので場所をちゃんと把握してなかった。まー駅名は電車ができてからの名称だから、地名を殺すのに比べて罪は浅いんでしょうけど。「玉ノ井」は昔のイメージが連想されるから、住民が名称を変えたかったかもね。
なんにせよ、どうせ新しい駅名に変えるなら、シンプルにバシッと決めてほしいものだ。「白金高輪」とか「練馬高野台」とか「落合南長崎」とかって、「どっちなんだ!」という使い勝手の悪さに加えて、「三菱東京UFJ」みたいな大人の事情を感じさせてヤですねぇ。

東京タワーの前だからといって、三田線の駅は「東京タワー前」にしないで「御成門」にしたのになあ。でも、あれは東京都交通局だからか。それにちょっと離れているしね。

こちらは、つくったのも東武、路線も東武だからこその"怪"挙なんでしょう。この会社は、かつて機関区・電車区のあった歴史ある「杉戸」という駅名を、あっさりと「東武動物公園」にしてしまいましたね。

さて、言問橋の由来について、こんなサイトがありました。
「言問橋命名異聞」だそうです。
http://www.asahi-net.or.jp/~ea8t-mcd/kototoi.htm
風さんはネットで調べものをしないそうなので、お知らせしますね。

本当に無粋な話だわい。駅名が変わったことを嘆いてる人はたくさんいるのになぁ。

そもそも、業平橋とか言問橋とかの名前を付けた人は誰だったのでしょうね。雅びな人だったのか、それはそれで、業平の都落ちにかこつけた、観光誘致目的だったのか。

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