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2012-02-11

ルーマニア サツマーレ 1985年

まだ、ルーマニアにチャウシェスクという独裁者がいたときの話である。
首都のブカレスト(ブクレシュチ)から夜行列車に乗って、終点のサツマーレ(サトゥマーレ)という町に向かった。サツマーレは、ルーマニア北部にある、やや大きな町である。

サツマーレ市内

なぜそんなところに行ったかというと、北部にあるマラムレシュ地方に行きたかったからだ。
マラムレシュでは、普段着として民族衣装を着た人たちが、昔ながらの生活をしているということは知っていた。だが、当時の日本ではルーマニアの田舎の情報などほとんどない。
もちろん、探せばブカレストからツアーがあったようだが、団体旅行じゃつまらない。
そこで、とりあえず近くにある大きめの町まで行ってみようと思ったわけだ。

サツマーレ市内

だが、サツマーレのバスターミナルに行ってがっかり。マラムレシュ行きのバスは朝6時ごろに出てしまっていた。次のバスは午後のようである。
マラムレシュに行くには、別の町であるバイアマーレのほうが便利だと知ったが、すでに後の祭りであった。

今だったら、計画を練り直して、日を改めてマラムレシュに行くだろうが、若かった私はもう面倒くさくなってきた。ホテルに荷物を置いて、その日は市内をぶらぶら散歩することにした。
サツマーレ市内は、適当に近代化された地方都市といった様子で、町自体には面白みがなかった。

サツマーレ市内

だが、おかしかったのは、町ですれ違う人、すれ違う人が、みんな私に興味津々の目を向けるのである。
どうやら、初めて東洋人をナマで見たという印象だった。
当時の私はまだ20代。そんなやつが、なんでこんな町に来て、カメラでパチパチ写真を撮っているのかと思ったのだろう。
私に向かってなにごとか呼びかける人、私の顔を見てぎょっと後ずさりする人、私に向かって空手のポーズをする人などなど。

サツマーレ市内

当時、すでにインドに行ったことのある友人が、同じような経験をしたと言っていたのを思い出した。だが、ここはいやしくもヨーロッパである。
まあ、けっして嫌な感じではなく、純粋に好奇心と驚きの感情から出たのであろう。
当時の日本の田舎でも、外国人が突然やってくれば、そんなことになるだろうと思って、私は苦笑いするしかなかった。

ところで、左の写真に見えるバスは、確かメタンガスを燃料にして走るもの。
屋根の左右に細長いガスタンクを載せている。


当時のルーマニア政府は、経済不振に対して徹底的な倹約という政策をとっていた。
だから、国民もめったに肉を食べることができず、耐乏生活を強いられていたという。
そして、輸出できるものは輸出して、なんとかやりくりしていたのである。
国民の生活はひどかったが、借金の額が少なかったおかげで、他の東ヨーロッパ諸国にくらべて、社会主義政権崩壊後の経済復興が比較的スムーズにいったとも聞いている。

メタンガスのバスも耐乏生活の一環だったろうが、今となってみると、最先端の省エネ技術のように思えてくる。

何はともあれ、当時のサツマーレの町を写した人なんて、ほとんどいないだろうから、ちょっと珍しい記録なのではないか。

サツマーレの蒸気機関車

そして、町はずれにある駅の近くにやってくると、ちょうど蒸気機関車が貨車の入れ替えをしていた。
社会主義国では露骨に鉄道施設なんかを撮っていると、警察に連行される恐れがある。
ちょっとビビッたが、これは千載一遇のチャンスである。
「撮らない手はないぞ。なんか言われたら、そのときのこと」と腹をくくって線路に近づいて撮影したのが、上の写真である。

サツマーレの蒸気機関車

撮影をしていたら、近くのスピーカーから、がなり声が聞こえてきた。
「ぎゃっ、見つかったか」と心配しつつも、ここで逃げたりしたら、かえって疑われてしまう。
しばらくそこに立ち尽くしていると、2、3分おきに声が出てくることに気がついた。
どうやら、機関車の入れ替えに対して、いろいろと指示を出していたらしい。
ほっとして、その場をそそくさと離れた私だった。

駅のそばの踏切にくると、荷馬車が、蒸気機関車の通過を待っているのが見えた。
最後の写真である。

その後、1989年にチャウシェスクが死んで新生ルーマニアが誕生。
1999年には、マラムレシュ地方にある木造教会群が世界遺産に指定された。
ルーマニアにやってくる観光客も、ケタ違いに増えただろう。

当時のマラムレシュに行かずに帰ってきたのは残念だが、サツマーレという町で普段着のルーマニアの地方都市の姿を見ることができたのは、いい体験だったと思っている。

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