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2012年1月の3件の記事

2012-01-21

鎌倉散歩: 笛田から極楽寺へ(下)

笛田と極楽寺を結ぶ打越トンネルは、20~30mほどの短いもので、初めから向こうの出口が見えていた。
その出口のすぐのところに人家があるから、トンネルからの眺めはどこか奇妙である。

打越トンネル

トンネルを出ると、山の谷間を狭い道が走り、その両側に家々に立ち並ぶという風景がつづく。
田舎のようでもあり、都会の周縁のようでもある。
こんなところに住んでいるのは、根っからの地元の人なのか、それとも趣味人なのか。静かに仕事に打ち込むにはいい環境だ。

打越トンネルの極楽寺側

かろうじて乗用車が通れるような狭い道をうねうねと歩いていくと、ぱっと視界が開けて、下の写真のような畑地に出た。
鎌倉というよりも、千葉か茨城あたりの農村を歩いているような気分である。
写真の左側に椿の花がちらりと見える。

極楽寺北の畑

徐々に道幅が広がっていき、道が分かれたり交差したりするうちに、左右の山がだんだんと離れていった。下の写真のような、立派な家も見かけた。
そして、「江ノ電極楽寺駅へ」という標識を信じて歩き続けるわれわれである。


極楽寺北

すると、道端に小さな祠を見つけた。
この集落の守り神であろうか。周囲には、石仏だか石像だかが何体も立っている。
南天の実の赤が目に鮮やかだったので、柄にもなくこんな写真もパチリ。

石仏と南天の実

そして、打越トンネルから約20分。大仏から約40分の散歩は終わりに近づく。
極楽寺駅北側にある棟割長屋の商店は、うれしいことに健在だった。

棟割長屋の商店

このあと、半年に1回ほど顔を出す喫茶店で一服して、夕食の場所を求めて江ノ電に乗った私たちであった。

2012-01-20

鎌倉散歩: 笛田から極楽寺へ(上)

正月早々から仕事をやっていたものだから、頭の切り替えがうまくいっていない。
松の内でも中途半端な正月気分しか味わえなかった一方で、半月を過ぎてもずるずると正月気分が抜けきらないでいる。
そんなわけで、ブログの更新もサボってしまったが、今回は10日も前に出かけた鎌倉である。

鎌倉大仏前

どこかに連れて行けと家人がうるさいので、お互いの趣味がなんとか折り合う場所として、行先に鎌倉を選んだ。いつものように、行き当たりばったりの散歩である。

鎌倉駅周辺の散策は、人がいっぱいだったので省略。まずは江ノ電に乗って長谷へ向かった。
いつもは、大仏に向かう人びとを横目に、海岸通りをぶらぶらして極楽寺方面に歩いていくのだが、この日は家人が「大仏を見たい」という。

鎌倉大仏

駅から北方向へ徒歩約10分。久しぶりに大仏様を拝んだ。
正面から見る顔はハンサムだと定評があるが、上の写真のように斜め前から見上げると、ちょっとお茶目な表情に見える。
笑いをこらえているように見えないこともない。発見であった。

大仏からまた長谷駅に南下するのでは芸がない。
じつは、駅前の地図で、丘を越えて極楽寺に通じる道があることを発見していた。
初めての道をわくわくしながら、道をさらに北上したのであった。

笛田

大仏から北側は、それまでとはうって変わってほとんど人が通らない。
ごく普通の住宅街が広がっていた。
そして、笛田の家並みが見えてきたところで自動車道を左折。集落の奥に向かって、ひたすら坂道を登っていった我々であった。

そして、家並みが途切れ、目の前に小山が迫ってきたときのこと。
目の前に現れたのは、小さなトンネルであった。

トンネル

これが、笛田と極楽寺を結ぶ、打越トンネルというのだそうだ。
トンネル内側は、まるでトタンのような金属で補強されている。
車がすれちがう幅もないが、ちゃんと歩道がついていた。

(つづく)

2012-01-01

2012年 謹賀新年

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

新金貨物線・新中川橋梁

騒乱の時代こそ腰を落ち着けて、
金のないときこそ派手に、
周囲に元気がないときこそ活発に、
と、今後も時代に寄り添わずにやって参ります。

写真は、葛飾区にある貨物線です。
あえて機関車を外したフレーミングが新鮮な感じ。もちろん、機関車の入った写真もありますが。
貨車に乗ったさまざまなコンテナを見ているうちに、「竹馬や いろはにほへと ちりぢりに」という有名な句が思わず浮かんできた……と、偽インテリっぽくまとめてみました。

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