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著書

  • 『ひたすら眺めていたシベリア鉄道』(私家版)
  • 『日本懐かし駅舎大全』(辰巳出版)
  • 『鉄道黄金時代 1970s──ディスカバージャパン・メモリーズ』(日経BP社)
  • 『国鉄風景の30年―写真で比べる昭和と今』(技報堂出版)
  • 『全国フシギ乗り物ツアー』(山海堂)

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2011-03-03

マッサ・マリッティマの救世主

ミラノで開かれた狂乱の結婚式や、妻と義母のツアコンになって大混雑のヴェネツィアのカーニバルに突如行くことになった話などは、また帰国後に書くとして、3月1日、先に帰る妻と義母を見送って再び一人旅になった時点まで話は飛ぶ。

私の航空券はローマ発着なので、3日間でミラノからローマに移動しながら町を見なくてはならない。
で、どうしようか迷った末に選んだのがトスカーナ州の南西。ローマにほど近いマレンマ地方である。

マッサ・マリッティマのドゥオーモ

まず訪れたのはマッサ・マリッティマ(Massa Marittima)。名前だけ聞くと、トスカーナ州の北西にあるマッサの海側にあるのかと思うが、100km以上離れている。しかも、山の中という不思議な地名である。
当日は、バスに乗り遅れ、タクシーがつかまらず、列車も乗り間違えるといった失敗を繰り返して、風雨のなか、ようやく山上のホテルにたどり着いたのは夜9時半をまわっていた。

もう一つ不思議なのは、新市街が丘の高い場所にあって、旧市街が低い場所にあること。一般のイタリアの丘上都市、山岳都市とは逆になっているのがおもしろい。

マッサ・マリッティマのガリバルディ広場

夜の寂しい田舎町でも、中心部のドゥオーモ広場のまわりには12時過ぎまでメシ屋が開いているのが、空腹の私には非常にありがたかった。
まさに、救世主メシ屋である。

ここの見ものは、なんといってもトップの写真にあるドゥオーモとその前に広がるガリバルディ広場である。
細い道をくねくねと歩いたのち、視界が開けたとたん、目の前にピーザ(ピサ)のドゥオーモにも似たローマン・ゴシック様式の教会が、突然出現するのは実に劇的である。

新市街から旧市街を見おろす


翌2日は、3時ごろまでこの町の周辺をひたすら歩き、県都グロッセート行きのバスの乗客となったのであった。

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