5月の連休前、仕事で訪れたのが長野県の北端にある信濃町である。
黒姫山、斑尾山などの北信五岳を望み、野尻湖を擁する素敵な保養地である。
まあ、あくまでも仕事で行ったのだが、それでもいい気持ちであった。

そんな信濃町の柴津地区にある寺が称名寺。
遠目に雰囲気のよさそうな寺だということで、同行の人たちと足を向けたのだが、そこには大きなドラマが待っていた。
境内には鐘つき堂があるのだが、そこにぶら下がっているのは鐘ではない。
なんと大きな石なのである。
石だから、ついても音がでない。
では、なぜそんな石が鐘の代わりに下がっているのかというと……。

さきの戦争のことである。
武器、弾薬をつくるために、全国から金属が供出されたのはご承知の通りである。
それは寺も例外ではなかった。全国の寺から鐘が供出されたのである。
この称名寺の場合、鐘を取り外してしまうと鐘つき堂全体のバランスが悪くなり、倒壊する恐れがあるということで、重しになる石をぶら下げたのだとか。
戦後、経済が復興すると、各地の寺では鐘を鋳造しなおして、復活させたところが多い。
だが、ここ信濃町では経済的に豊かでなかったため、石のままにしておいたそうな。
それが、ここにきて、徐々に注目を集めるようになったのだから、おもしろいものである。
戦争の悲劇を繰り返さないという心を込め、町のシンボルとして、今後もこのままにしておきたいとは町の観光課の人の言である。
ちょっとした寄り道での、素敵な発見であった。
次回は、ぜひ寺の境内にある枝垂れ桜が満開のときに訪れたいものである。
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