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2010年3月の6件の記事

2010-03-31

六義園の枝垂れ桜満開、ライトアップ

わが家の借景、六義園に咲く枝垂れ(しだれ)桜が満開になったとのこと。
ライトアップは当初、今日31日までの予定だったけれど、4月4日まで延長に。

六義園の枝垂れ桜

ライトアップ中は21時閉園。入場は20時30分までです。
ベランダから写してみたら、なかなか幻想的。
調子に乗ってズームアップしたのが下の写真。

六義園の枝垂れ桜

この期間は、人波にさからって歩道をかきわけながら駅に向かうのが大変。
所要時間はふだんの5割増しといったところです。

2010-03-27

喜多方:蔵づくり以外の商家

先週の連休に、わけあって喜多方に行ってきた。
熱塩まで足を伸ばした……というと、何をしに行ったのか見当のつく人もいるかもしれないが、それはさておき22日は昼から喜多方市内をぶらぶら。

大和川酒造

喜多方というと、有名なのが蔵づくりの町並みとラーメンである。
もちろん、どちらも堪能したのだが、今回はまず蔵づくりではない町並みを紹介しよう。

上の写真は、大和川酒造の入口。中は見学できるようになっていて試飲もできる。
ちょうど、お坊さんが自転車に乗ってやってきたのでパチリ。
これが入っているといないとで、写真がまったく変わってくるといういい例である。

味噌・醤油醸造元

次は、味噌・醤油の醸造元である若喜商店の立派な建物。商店街の角にドンと建っている様は見事である。
タイル張りの外装に左右非対称のモダンな正面に、喜多方商人の意気込みが感じられる。

自転車屋

3枚目は商店街の駅寄りにあった富樫サイクルセンター。
「山口ベニーサイクル」の看板が懐かしい。

酒屋

それにしても、酒屋の多いこと。
もちろん、造り酒屋が多ければ、売り酒屋も多い。

洋館風日本家屋

おしまいは、大和川酒造の近くで見かけた建物。
一見すると洋館風だが、よく見ると瓦屋根になっていて純粋な日本家屋である。
ピンク色の外壁が似合っている。
「テナント募集」の看板が出ていたから、これを読んだどなたか借りてみない?

(つづく)

2010-03-18

駒込病院脇のひそやかな通路を抜ける「小さな旅」

この細道を見つけたのは、今から20年ほど前、深夜に飯田橋からほろ酔い加減で、駒込まで小一時間かけて帰ってきたときのことである。
見るからに駒込病院の土地の一部のようで、入口にはかつて門があったが、門が閉まっているのを見たことがなかった。
ほかの人から見れば、つまらない道に過ぎないだろうが、私にとってはまるで秘密の通路のように思えて、この100m足らずの短くして狭い通路を通るたびに、わくわくしてくるのである。

抜け道の北側の入口

ここは本駒込3丁目。区立第九中学校の横を歩いていると、突如正面に白亜の大きな建物が見えてくる。これが駒込病院だ。
道は病院の前で行き止まりになると思いきや、自転車で直進していく人がいる。

ひそやかな抜け道

門を抜けると、そこには人がかろうじてすれ違えるほどの細い道がある。
ブロックの左側は、駒込病院の敷地である。

すると、通路の先に何やら、まっ黄色な建物が。
「放射能に関係ある建物か?」

なーんて、一瞬身構えるが、さすがにそうではないらしい。
駒込病院内の建物であることは間違いないようだが。

20mほど進むと正面に寺が見えてくる。これが吉祥寺である。
吉祥寺などというと、中央線のあっち側にある町を想像する人が多いだろうが、こちらが本家である。
江戸時代の明暦の大火で焼け出されたこの付近の人たちが、新天地を求めて武蔵野につくった町に、もとの町にあった寺の名前をつけたわけだ。

正面に吉祥寺が見える

塀の向こうの吉祥寺では、梅が満開であった。
ここで通路は90度左に曲がる。
カーブミラーは、自転車のためについている。

駒込病院と吉祥寺の境

左に曲がると、両側を塀に囲まれた道を進む。
塀の左側は駒込病院、右側は吉祥寺である。

ちょっと異様な光景だが、どこかで見たような……としばし考えて思い出した。
左右をフェンスに囲まれて、沖縄中部を走る国道58号線である。
フェンスの両側にあったのは米軍の基地。日本の「領土」は道路の部分だけであった。

通路の終点

そして、さまざまなことが頭をめぐった30秒ほどの「小さな旅」もここで終わり。
門に接して民家があった。

駒込病院を望む

そして、何事もなかったように、秘密の通路から遠ざかっていく私であった。

私がこの通路を「発見」してから1週間ほどたったころ、子どものころから駒込に住んでいたという友人に、「駒込病院の脇に狭い通路があってさ……」と興奮して告げると、彼は「ああ、あそこね」とすぐに納得した様子だった。
地元の人には有名なんだね。

本駒込3丁目

確かに、この通路がないと、本駒込3丁目付近は駒込病院と吉祥寺に分断されてしまい、南北に行き来をするには、かなり遠回りをしなければならない。
地元の人の要望によってつくられたのだろうか。
それにしても、殺風景な塀が印象的な通路であった。

2010-03-16

駒込の木蓮満開

いまの家に引っ越してきて10年もたつのに、ここに木蓮の木があることをはじめて知った。
本郷通りを隔てて、わずか100メートルの距離である。

木蓮の木

いや、目に入っていたのに気づかなかったのかもしれない。
先週までの忙しさだったら、今年も見過ごしていたに違いない。
妖しいまでに満開の木蓮の花である。

近づくと、木の下で携帯のカメラで写真を撮っていた女性がいた。

木蓮の花

持ち主のお宅は、豪邸とまではいかないが、なかなか風格のある家。
家の入口の雰囲気を見ると、かつては医院だったのだろうか。

「あら、木蓮じゃない?」
子ども同士が同級生なのか、路地で立ち話をしていた女性3人のうちの一人の声が聞こえてきた。

2010-03-14

千駄木: 須藤公園

ようやく春めいてきた今日このごろ。
駒込にある自宅からぶらぶら歩いているうちに、千駄木の須藤公園までたどり着いた。

須藤公園

場所は千駄木駅のすぐそば、千駄木3丁目。
文京区のサイトによれば、ここは加賀前田藩の支藩大聖寺藩主松平備後守の屋敷だったという。その庭園が今も残っているのだ。

須藤公園

不忍通り沿いには、有名な六義園もあれば、つつじで知られた根津神社の庭園も有名だ。
それにくらべると、うらぶれていて、ちょっぴりチープ感もただようが、そこがなんとも庶民的で親しみやすい。入場に400円もかかる六義園と違って、ここは無料だしね。

自然の起伏を生かして高低がついているのだが、その先に民家が見えるのもかえって味わい深い。浅草の花屋敷のジェットコースターに乗って、目の前に民家が見えるような印象である。

須藤公園

園内にある紅梅はまさに花盛り。
小山に登ると、紅梅の向こうのベンチに、高校生らしきカップルが腰掛けているのが見えた。
必然的に、その横を通っていくときに話し声も聞こえるのだが、学校生活のことや友人のことを楽しげに話しているのがういういしい。
2人の間には、ほんの少しの隙間が空いているところから見ると、まだ付き合いはじめたばかりなのか。

須藤公園

心のなかで、2人の青春に幸多いことを祈りつつ、でもこれから次々にやってくるであろう人生の荒波に向かう2人に対して、勝手に激励をしながら通りすぎたのであった。

団子坂下

このあたりの散歩の締めには、いつものように団子坂下交差点にある喫茶店「千駄木倶楽部」へ。この写真の右に見える煉瓦の店である。
ストレートコーヒーは実にコクが深く、650円のデミタスはまさに、昔アラブの偉いお坊さんが恋を忘れた哀れな男に教えてあげた飲み物のようで、大昔にはコーヒーが薬として使われていたことが納得できる一品である。

2010-03-01

千代田区富士見:梅の木は残った

飯田橋駅の南側、つまり外堀の内側は千代田区富士見。
このあたりは、バブルを境に大きく姿を変えたのだが、それでも駅の反対側にある神楽坂や、サラリーマンで賑わう飯田橋とは違った、地味で静かなたたずまいが残されている。

富士見の梅

つい最近まで、富士見2丁目1番あたりには板壁の家々が残り、こんもりとした木が立っていたのだが、今はマンションに変わってしまった。
それでも、マンションの敷地の角には年季の入った梅の木が移植され、見事に花を咲かせた。
ちょっといい風景である。

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