« イタリア中部地震の義援金 | トップページ | 餘部鉄橋の今 »

2009-04-14

地震でサント・ステーファノ・ディ・セッサーニョの塔が倒壊

 おととい夜のNHK「海外ネットワーク」で、イタリア中部大地震のレポートが放映された。
 アブルッツォ州ではかなりの数の家屋は居住不能になり、まだまだ余震が続くなかで、テントで生活する人も多いようだ。安心して暮らせる状況にはほど遠いようである。
 もちろん、現地のニュースではいまだにトップ扱いである。

サント・ステーファノ・ディ・セッサーニョ遠景

 ところで、住民350人のうち、1割以上にあたる40人が犠牲になったオンナ村は、どこの山奥にあるのかと思い、グーグルマップで調べてみた。
 すると、山奥どころかラークイラの東、数キロしか離れていない郊外ではないか。

 それだけでなはい。3年前のブログで書いた「寝坊が縁の山岳都市参り」で書いたなかにある、路線バスの経路上にあった。つまり、そこを通ったのだ。

 そのあたりの風景はよく覚えている。晴れ渡った空の下、左手に雪をかぶった山を見ながら、のどかな風景のなかを行くバス。停留所に停まるたびに、2、3人ずつ降りる人たち。
 そのときも地図を見ながら乗っていたので覚えている。街道の分岐点の少し手前にあったのがオンナ村だったのだ。あのときの人たちは無事だったのだろうかと思わざるをえない。

サント・ステーファノ・ディ・セッサーニョの村の中

 そこで、もう少し調べようと思った。そのときの目的地であり、自分の足で歩いた、カステル・デル・モンテ(Castel del Monte)、カラッショ(Calascio)、サント・ステーファノ・ディ・セッサーニョ(Santo Stefano di Sessanio)とはどうなっているかと。
 それぞれの名前をネットで検索してみてわかった。3つのうちではオンナ村にもっとも近く、「優雅な山岳都市サント・ステーファノ・ディ・セッサーニョ」のブログで書いたように、非常に私の気に入っていたサント・ステーファノ・ディ・セッサーニョの村が、壊滅的な打撃を受けたようなのだ。

 幸いなことに200人足らずの村民に死者はなかったようだが、村の象徴である塔が崩壊してしまっていた。トップの写真で、中央にそびえている18メートルのきれいな円筒形の塔で、イタリアでもっとも美しい塔とも言われていたものである。
 いつリンクが切れるかわからないが、You Tubeの画像をリンクしておくことにする。

美しい村・サント・ステーファノ・ディ・セッサーニョの崩壊
サント・ステーファノ・ディ・セッサーニョ

 上は、イタリアのニュース、イタリア語だが画像で雰囲気がおわかりだろうか。途中でインタビューを受けている女性が村長である。下は、現地の生の映像。冒頭に出てくるのが崩壊した塔である。

塔が見える

 3年前の旅では、あまりゆっくりしている時間がなく、そのうちもう一度行ってみたいと思っていた場所である。
 さすがにちょっと落ち込んだ。せめては、そのときの写真をアップして、広く見てもらうことにしようと思いたったのである。
 下の写真は、その塔の上から見た風景だ。

サント・ステーファノ・ディ・セッサーニョの塔の上から

 NHKニュースでは、精神科医が不足してPTSDに見舞われている子が多いとのこと。「海外ネットワーク」では、車中に寝泊まりしている人もいたから、そのうちに日本の地震でも問題になったエコノミー症候群に襲われる人も出てくることだろう。
 日本のノウハウが伝えられていないのが残念である。もっとも、イタリアのベルルスコーニ首相が、外国からの援助を不要として拒絶しているのではどうしようもない。
 近々、イタリアでも政変が起きるような気がする。

« イタリア中部地震の義援金 | トップページ | 餘部鉄橋の今 »

イタリアの旅 北から南まで」カテゴリの記事

日々の思い」カテゴリの記事

コメント

そうそう、ピエロ・デッラ・フランチェスカを見に行こうと、サンセポルクロに向かったのでした。

トスカーナにも、限りなく小さくていい町がありますよね。
あと何十回イタリアに行かなくてはならないのか……。

ルチニャーノは名前を聞いたことはありますが、詳しくは知りませんでした。要チェックですね。

ソラーノについては、ピテリャーノ(Pitigliano)と同時に訪ねる計画だけは立てたことがあります。確か、グロッセートからバスの便があるはず。
ただ、本数が少ないので、どちらかの町で宿泊するのがいいようです。

駄菓子さん、お返事遅くなってスミマセン(汗)。
サンセポルクロ!と言えば、ピエロ・デッラ・フランチェスカですね?
まだ訪れたことがないのですが、自分も駄菓子さん同様アンギアーリ派だと思います。
今回は地震で当初の予定が大きく覆された旅でしたが、思いがけず思いもかけない土地に行けたことも収穫だったかな…と。
ただ2日でたてた計画だけに、まだまだ未熟で。
アレッツォからバスで行ける範囲では、ゆる~い楕円形のカタチをしたルチニャーノ(Lucignano)も良さそうでした。
↑早起きが苦手で行けなかった(〒_〒)
実は南トスカーナのソラーノ(Sorano)に興味があったのですが、情報不足で断念!!
トスカーナっぽくない?光景ではないでしょうか。
http://www.soranofutura.it/index.htm

gatticelliさん、アブルッツォ旅行断念は残念でした。
アブルッツォ州の建物のうち30%(ラークライラ市内だけじゃなくて)はそのままでは住めない状態だとのことで、大変な状態だとわかります。
でも、アンギアーリに行かれたようで何よりです。

私は、20年以上前にアレッツォからバスでサンセポルクロに向かったことがあり、その途中でアンギアーリを通過しました。
今だったら、ぜったいにアンギアーリで下車したのにと、悔やんでいます。まだ再訪できていない (T_T)
丘上都市好きの身としては、サンセポルクロよりずっと魅力的ですよね。
アンギアーリの戦いを知ったのは、それからずっとあとのことでした。また、いろいろ旅行の話を聞かせてください。

昨年に続き、アブルッツォ来訪を果たせなかったgatticelliです。
サント・ステーファノ・ディ・セッサーニョもいつか訪ねてみたい場所だっただけに、このニュースには暫く言葉を失いました。
結局私は大地震の直後、出発直前に行き先変更を余儀なくされ、急遽トスカーナへ。アレッツオとフィレンツェを拠点に、鉄道とバスを乗り降りしながら。とりわけ印象に残ったのが、アレッツオから日帰りしたアンギアーリ(ANGHIARI/レオナルドの『アンギアリの戦い』で地名だけは知っていたのですが)。家々を結ぶ路地と階段と坂道の立体的構造に魅力がある小さな街。のんびりとした静かな時間が流れていました。
http://www.anghiari.it/new/
他にも訪れてみたい街があったのですが、調査期間の短さ・語学力の未熟さで叶わず。
久々に訪れたフィレンツェでは、観光客の喧騒を避けるように、サント・スピリト地区をふらふらと散策してしまいました。

ジョバさん! こんにちは!
ちょっとわけありで旅に出ていたもんで、コメントが遅くなりました。
さっそく、ジョバさんの新しいブログにも遊びにいきましたよ。

99の噴水は、中心部から離れてぐいぐいと坂を下っていくんですよ。
そうすると、14日の「イタリア中部地震について」の一番下にある写真の門にたどりつきます。その近く。
坂をひいこら上下したもんで、もっと重要なサンタ・マリア・ディ・コッレマッジョに行く体力も気力も失ってしまったのが私は残念 (T_T)

あ、でもバゲリーア好きのジョバさんにとって、99の噴水は必須だったかなあ(イヤミ...)

ご無沙汰してます、こんばんは!
私も数時間ですがラクイラを見て回ったので、
ニュースを聞いた時は、ホントにビックリしました。
「触れた」だけでも、知っている街…と思うのはおこがましいかもしれませんが、
1日も早い復興を祈るのみです。

ちょうど?というか、次の旅行記が2007年アブルッツォなので、
日本では馴染みが薄いこの州を街の事を、私なりに伝えていけたらと思っています。

でもラクイラの99の噴水は、探しても見つからなくて(なんで?!)
時間切れで見ずに街を離れてしまったんです…(TOT)
駄菓子さんの写真を見て、ホントに残念に思いました。

義援金も行ってこようと思いますし(情報ありがとうございます!)
モンプルをガンガン飲んで、アブルッツォを応援したいと思います!!

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« イタリア中部地震の義援金 | トップページ | 餘部鉄橋の今 »

フォト
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想

広告