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著書

  • 『ひたすら眺めていたシベリア鉄道』(私家版)
  • 『日本懐かし駅舎大全』(辰巳出版)
  • 『鉄道黄金時代 1970s──ディスカバージャパン・メモリーズ』(日経BP社)
  • 『国鉄風景の30年―写真で比べる昭和と今』(技報堂出版)
  • 『全国フシギ乗り物ツアー』(山海堂)

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2009-02-15

鐘ヶ淵通りへのセンチメンタルな散歩

 鐘ヶ淵通りは、墨田区の墨堤通りから、東武伊勢崎線の鐘ヶ淵駅前を通って水戸街道に至る道である。
 父の実家があったのは、この通りから少し脇に入ったところであり、私も小学校に上がるまではここに住んでいた。
 敷地内にちょっとした町工場のある家だったが、今はもうその跡形もない。
 同じ東京の東部に住んでいながら、そこを再び訪ねたのは30を過ぎたころだと思う。それ以後、数年に一度、このあたりを散歩するのだが、これだけ変貌を遂げた東京にあって、そのあまりの変わらなさには感激するしかない。

水戸街道の近く

 今回の散歩は、八広を起点にしたため、水戸街道側から入っていった。そこで、まず目に入ったのが、この看板建築の商店群。倉持帽子店のガラスを拡大すると、下の写真のような張り紙が見えた。

倉持帽子店

 ハンチング、ゴルフ帽はわかるが、へら鮒帽と海釣帽がそれぞれあることをはじめて知った。
 町会帽っていうのは、町会の集まりでよくおじさんたちがかぶっているやつだろうか。

 平日の夕方にもかかわらず、水戸街道寄りは、シャッターの降りている店が多く、ここにも時代の流れを感じざるをえない。

 片側1車線で歩道のないところは、まさに半世紀前のまま。
 そういえば、この道は車が危ないので、脇道を通って家に戻ってくるようにいわれたっけ。
 確かに道沿いにビルやマンションは建っているが、ここまで昔の雰囲気が残っているのも、勝手ながら昔を懐かしむのが目的の人間にはありがたいものである。

鐘ヶ淵通り商店街

 そう思って歩いているうちに、ぽつぽつと空き地が目立つようになった。そして、とうとう見てしまったのである。
 それは、鐘ヶ淵通りの拡幅工事計画を示す看板であった。
 もう何年もすると、この通りもまったく姿を変えてしまうのだろうか。そうなると、祖母に手を引かれて鐘ヶ淵駅に東武の電車を見に行ったことも、よそいきの服を着せられて母と一緒に浅草に行ったことも、だんだんと思い出せなくなってしまうかもしれない。
 ちょっとセンチメンタルな気分になった私であった。

キリスト墨田聖書教会

 そして、脇道を入り、ドキドキしながら、そして少々迷いながら生まれ育った家の跡に向かう。
 最後の写真は、その家のすぐそばにある、小さな小さなキリスト墨田聖書教会。
 私が物心ついたときから、ここにあった。ネット情報によると、進駐軍放出のかまぼこ兵舎を活用したものらしい。はじめて知った。
(つづく)

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コメント

T2さん、こちらこそご無沙汰です。
なるほど、そんな気持ちになる時節なんでしょうか (^^;;
九州(熊本、長崎)に行ったときの話は、このあとで書こうと思っていますが、どうなることやら。

駄菓子様、ご無沙汰しております。
場所は違えど、期せずして同じ時期に「原風景巡り」の旅ごころで、無性に嬉しくなりました。そのついでに久々に掲示板を覗きにうかがったら、これまた同じ時期に九州地方に行っていたようで、再度びっくりしました。

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