新幹線を待つ熊本駅前
2月上旬、九州に行ってきた。3泊4日で熊本と長崎をまわるという駆け足の旅である。
男性の同行者がいる旅というのは久しぶりのこと。昨年、仕事関係の人と泊まりがけで大阪に行ったのを別にすれば、大学生以来の出来事である。
往復の飛行機と宿泊の手配はすべて彼に任せて、行程は私の勝手というかなりいいかげんな旅であった。

さて、熊本駅なのだが、ここは再来年に迫った新幹線の工事が真っ盛りであった。上の写真の奥に見える高架線がそうである。
そして、駅前もあちこちで工事中。20年前に泊まったホテルは影も形もなく、駅の正面は更地になっていた。駅のすぐ前、赤ちょうちんやラーメン屋が軒を並べていた一角もなくなっていた。
一方で、駅を出て右側のあたり、市電の田崎橋終点あたりは、2年前にやってきたときには広々とした更地だったが、そこに何十階にもなる東横インが建っていた。
たまたま、このところ2、3年おきに来ていたからわかるようなものの、10数年ぶりに訪れた人は何がなんだかわからなくなってしまっていることだろう。
市電で町の中心部に行き、上通り商店街あたりをぶらぶらと歩く。
アーケードを抜けたあたりには古本屋があったり、ちょっと横に入ると古い商家があったりして、気に入っている場所である。
いつものように古本屋に入って品定めをしていると、なんと拙著『国鉄風景の30年』があるではないか!
「おお! はるばるこんなところで出会うとは!」としばし感激の対面。
ところがである。「もしや」と思って本の底を見ると、やっぱり「B」という赤い印が……。そう、いわゆるB本なのであった。
倒産した山海堂の倉庫から流出したやつである。

「ううっ」とうなるしかなかった。B本が大量に流出したために、別の出版社から復刊した本の売れ行きに影響したことは確かである。そして、B本はいくら売れても私の懐には一銭も入ってこないし、せっかく復刊してくれた出版社の売上げを圧迫してしまう……。
複雑な心境である。かといって、この本を邪険にするわけにもいかず、そっと本棚に戻す心優しい私であった。当たり前か。
表通りに戻ると、商店街の一角に、大きなスコアボードのようなものが掲げられていた。
よく見ると、「郡市対抗熊日駅伝」と書かれている。中学生から高校生、一般の人も出場しているものらしい。
「熊日」は、熊本と日向かと思ったが、それじゃいくらなんでも呼び方がアンバランスである。熊本日日新聞の後援だった。
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