ミラノ空港大追跡(中) --サンパウロ行きの離陸を止める
時刻は午後8時近く。9時過ぎに出発する東京行きに乗るために、日本人もぼちぼち集まりはじめていた。
そんななか、私とイタリア人空港職員は通路を全速力で駆け、ゲートに向かっていった。
私は身長180cm、体重80kgをやや超えている。職員のお兄さんは私よりも5cmほど背が高く、体重は間違いなく100kgを上まわっているだろう。そんな二人が血相を変えて走っているのだから、周囲の注目をかなり浴びていたようだ。
「間違いないよな。パソコンはないんだよな」と彼は言う。確かにセキュリティチェックの場所にはないのだが、あのブラジル人が間違えて持って行ったという確証もない。
その点がちょっと心配な私であった。もしかしたら、そのひとつ前にいた東南アジア系老年夫婦が間違えて持って行ったという可能性もゼロではない。
でも、何もしないでいたらパソコンが手元に戻ってこないので、とりあえずあのブラジル人のオタクに「期待」をするしかない。
やがてパスポートチェックの場所に到着。すでに日本人数人が並んでいたが、職員のお兄さんはかまわず直行する。「すいません、緊急事態なもんで」と頭を下げ、卑屈な笑みを浮かべながらあとについていく私。
職員がチェックの女性に早口のイタリア語でわけを話すと、彼女は苦笑いしながら1秒で出国スタンプを押してくれた。
サン・パウロ行きの乗り場は、東京行きのすぐ近く。やっとそのゲートについたと思ったところで、へなへなと崩れ落ちそうになった。
--誰もいない!
そう、もう乗客全員が乗り込んだあとだったのだ。
はずんだ息の間から、「ケ・ペッカート」という職員の声が聞こえた。「なんたること」「あんまりだ」という意味である。
この瞬間、私はパソコンが戻ってこなかったときの対応を考えた。
--イタリアでやった仕事は全部取引先に送信してあるから問題ないし、それ以外のファイルは日本のパソコンと同じ。受信したメールはなくなっちゃうけど、まあ致命的なものはないし、いざとなったら再送してもらえばいいか。
住所録の個人データが問題だけど、一応パソコンにパスワードを設けてあるし。悪意で盗んだのじゃなければ、ブラジルで利用する価値はあんまりないか……。いや、悪意でないことを願うしかない。

万事、都合のよい方向に考える私である。幸か不幸か、そのときは、旅行中に撮影したデジカメ画像がすべてパソコンのハードディスクに移行してあることに思い至らなかった。
私がそんなことを考えている間、職員の彼はゲートにいた航空会社の女性に交渉していた。どうやら、一緒に飛行機まで乗り込んで探そうということになったらしい。
さて、その後の約15分間。ゲートの入口で一人残された私は気が気でなかった。
ゲートの向こう側から人が来るたびに、彼がパソコンを掲げてうれしそうに戻ってきたのではないかと目を凝らすのだが、たまに姿を見せるのは別人ばかり。
--大きな飛行機だからな。それにあのブラジル人の大きな荷物の中身を探すだけでも時間がかかるんだろう。
サンパウロ行きの飛行機は離陸時間をとうに過ぎていた。自分が悪いんじゃないけれど、飛行機を遅らせてちょっとばかり心配になってきた私である。
と、そのとき、褐色の肌をしたスマートな女性が、のんびりとゲートにやってきた。切符を見せているところからして、この飛行機の乗客らしい。
--あんた、もうとっくに離陸の時間が過ぎてるよ。
私は心の中でそう言ってあげたのだった。さすがに、ブラジル人はあなどりがたい。飛行機の離陸が遅れていても、航空会社の女性は悠然としているし……。
(まだ続く)
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ヨーコさん、お恥ずかしい。
2話完結のつもりが3話に伸びてしまいました。
ようやく、さきほど完結。
総集編のほかの話も書かなくては。
投稿: 駄菓子 | 2008-12-21 17:37
Pentaさん、確かにそうですね。
「自己責任」なんて言われたら、それっきりだったかも。
投稿: 駄菓子 | 2008-12-21 17:35
プロの方に失礼だとは思うのですが、文章の上手さに引き込まれていきます。
顛末が早く知りたいです。
投稿: ヨーコ | 2008-12-20 10:50
意外にも、親身になって探してくれる職員がいるんですね。
アメリカなら「なくなったのは自分が悪い」となってしまうんじゃないかと思いましたが、、、
投稿: Penta | 2008-12-20 10:08