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2008-10-08

『芸術新潮』2008年1月号「ブルーノ・ムナーリ入門」

 本当だったら去年のうちに書くつもりだったが、いまになってしまった。
 去年のある日、家の近くにある本屋に入り、いつものようにぼんやりと店内をまわっていたときである。
 見たことのある表紙が目に入り、本当に背筋がぞくっとした。

 それは忘れもしない、いまを去ること20数年前、イタリア・フィレンツェの語学学校の教材として使われた本の表紙であった。
 いや、正確にいうと、その教材の表紙と同じ表紙をした雑誌が平積みになっていたのである。下の写真左「芸術新潮2008年1月号」である。

芸術新潮2008年1月号 「間違いの本」

 恥ずかしながら、ブルーノ・ムナーリという名前を聞いたのはそれが初めてであった。もひとつ恥ずかしながら、「芸術新潮」を買ったのは、これが初めてであった。(あ、恥ずかしくない?)

 で、私が実家に保存してあったのが、写真右にある「IL LIBRO DEGLI ERRORI」(イル・リーブロ・デッリ・エッローリ)、つまり「間違いの本」「誤りの本」という名の本である。しかも大型の1964年版。のちに出た小型版ではない。(ちょっと自慢。でも、色が褪せているので、左の本と色調がちがってしまった)
 ブルーノ・ムナーリについての詳細はネットで調べていただければわかるが、デザイナー、絵本画家・作家という狭い範疇でくくるには難しいユニークな人であった……そうだ。板橋区立美術館で開催されたブルーノ・ムナーリ展にも行って楽しんできた。

 「間違いの本」は、そのムナーリが挿絵を描き、ジャンニ・ロダーリという人が文章を書いたもので、イタリア語や文法、方言にちなんだ短い寓話が数十編収録されている。イタリアの子どもの必読書らしいのだが、イタリア語を学ぶ外国人にも、イタリア語の根底にあるものに触れることができるので、おすすめである。

 授業で取り上げられたのは、そのごく一部だが、なかでも印象に残っているのが、「L'Acca in fuga」(ラッカ・イン・フーガ)、つまり「H(アッカ)の逃亡」「逃げるH」といった意味のタイトルの寓話である。

 イタリア語のアルファベットのうち、Hは(フランス語やスペイン語と同様)発音しない。そこで、イタリアにいるHはいじけてしまう。
「自分はいてもいなくても構わない存在なんだ」と感じて、Hをしっかりと発音してくれるドイツ語圏に逃亡しようと企てる。

 だが、Hが行方不明になったとたん、イタリアじゅうで大混乱が起きた。キャンティ(Chianti)のワインはチャンティ(Cianti)になって、急にマズくなった。キョード(Chiodo/釘)はチョード(Ciodo)になってしまい、金槌で打ったらバターのように柔らかくなってしまった……などなど。
 というわけで、これは大変と捜索隊がHを探し回り、ようやく北部のブレンネーロ近くで、オーストリアに密入国しようとしているHを発見。Hはパスポートを持っていなかったのだ。

 捜索隊はHにひざまづいて懇願する。
「君はとっても大切な存在だ。君がいないとダンテ・アリギエーリの名前も発音できない(ダンテ・アリジエーリになる)。キウジ・キャンチャーノテルメ(Chiusi-Chianciano Terme)駅の駅長からも、君がいないとチウジ・チャンチャーノテルメ(Ciusi-Cianciano Terme)になってしまって格下げになると嘆く手紙が届いている……」
 これを聞いてHは気を取り直してイタリア脱出をやめたとさ。めでたしめでたし。

 この話を読んでから、ローマ・フィレンツェ間にあるキウジ・キャンチャーノテルメ駅を通るたびに、思わず頬がゆるむとともに、口の中で「チウジ・チャンチャーノテルメ」とつぶやくようになった私であった。もっとも、その後、新線ができたために特急列車はこの駅を通らなくなってしまったが。

 ブルーノ・ムナーリ展は、去年から東京・板橋区立美術館、滋賀県立近代美術館などで開催。現在は愛知県・刈谷市美術館で今月26日まで開かれている。

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コメント

shokoさん、こんばんは
お気に召したでしょうか?
ほかの文章も読みたいんですが、子ども向けにしては意外と難しかったりするもんで……。やはり、母国語として育つということは違うもんだと、いまさらながら納得しています。

ふふ・・・Hの逃亡。なるほど!
何だか、面白かったですhappy01

どこのどちら様か存じませんが、過分のおほめのことば、ありがとうございます。
……あ、でも本当に深いのは「Hの逃亡」の話ですよね。それを除いてしまうと、たいした文章ではないので恐縮です。
この話の舞台になった20数年前のイタリア留学記(短期ですが)は、本館「二邑亭駄菓子のよろず話」内の「イタリア無駄話」にありますので、お暇なときにでも読んでみてください。
書いたのが若かったころなので文章はへたですが。

本編を本年度のエッセイスト大賞受賞作に推薦致したく存じる者のひとりです・・・深い、じつに深い、深すぎる

五味太郎さんの本なんかは、近いかもしれませんが、ちょっと違うかな。この本は、皮肉やエスプリが利いていて、大人が真剣に読んでもおもしろいんです。

>日本人は四季を春夏秋冬の順で捉えますが、ヨーロッパも同じですか?

ふーむ、疑問にも思わなかったけど、やっぱり春からでは。1年の最初から順に行くと、そんな感じだし。少なくとも太陰暦では最初が春ですよね。

日本語にもこんな本があったら楽しそうですね。あるのかな?

ちょっとハズレた話になって申し訳ないのですが、急に長年のギモンを思い出したので聞いてみます。

日本人は四季を春夏秋冬の順で捉えますが、ヨーロッパも同じですか? それとも、新学期が秋に始まる国の人たちは、四季の捉え方も秋からなのですか?

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