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2008年4月の6件の記事

2008-04-30

『国鉄風景の30年』から(その1)

 世の中は連休というものが、そろそろ始まっているようだ。
 そこで、このブログでも、特別連休企画(?)ということで、拙著『国鉄風景の30年』から2回にわたって、30年の移り変わりを示すシーンをお届けしたい。
 えっ、単なる販促じゃないかって?
 ……あー、うー……(以下略)

 なにはともあれ、今回は東京付近の国鉄風景2題である。
 最初の写真は、上野駅の地平ホームの比較。
 モノクロ写真は1975(昭和50)年の上野駅20番線ホーム。常磐線の普通列車らしき客車が止まっている。
 われながらいい雰囲気の写真だ。19歳の少年が撮ったとは思えないシブい構図である。

1975年の上野駅20番線ホーム

 18~20番線ホームは、新幹線工事のために廃止され、現在は同じ場所に自動改札機が並んでいる。

現在の上野駅新幹線改札口


 次の写真は立川駅の南武線ホーム。
 ここ10年ほどで、駅もその周辺も大変貌を遂げた。
 まずは、1973(昭和48)年の姿。
 懐かしい焦げ茶色の73系電車が発車を待っている。発車ベルが鳴り、階段を駆け上がる乗客。それを確認する駅員。これまたシブさ満点の構図といえよう。

1973年の立川駅南武線ホーム

 現在は、ホームの上に人工地盤がつくられ、まるで地下ホームのようになってしまった。
 電車は、ステンレス製の205系に変わっている。

2007年の立川駅南武線ホーム

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【正誤表・その1】
・81ページ上写真のキャプション
「昭和62年に製造されて」は「明治20年に製造されて」の誤り。なぜ、こんな間違いが起きたかといえば、西暦年をくらべてみると……。すいません。
・131ページ(山海堂版のみ)写真の撮影年
「昭和51年」→「昭和48年」

2008-04-19

膳所:旧東海道その2

 膳所の旧東海道(変換したら「給湯街道」と出てきた)は、古い家がほどほどに残っていること、静かなこと、車のとおりが少ないこと、ほどよくうらぶれていること(住人の方々、すみません)など、実に味わいの深い道であった。

膳所の旧東海道

 膳所本町から旧東海道を歩いていたら、知らない間に隣の中ノ庄駅まで一駅分歩いてしまった。
 もっとも、京阪の石山坂本線は、軌道線だけあって駅の間隔が比較的短いところが多いのだ。

 それにしても、なぜか滋賀県にやってくるときは、いつも雨である。
 私は、かなりレベルの高い晴れ男を自認しているのだが、相性がわるいのかなあ。
 次は、からっと晴れ渡った空のもとで、琵琶湖を望みたいものだ。

中ノ庄駅

 上の写真は中ノ庄駅。
 この日は、夕方に東京で用事があるため、膳所の情緒にひたりつつも、あわただしく町をあとにしたのであった。

2008-04-17

膳所:旧東海道その1

 彦根からまっすぐ東京に帰れば早いのだが、それもつまらないと思い、ちょっと引き返してぶらぶらすることにした。
 そこで思い立ったのが、京阪電鉄の石山坂本線。
 「いしやまざか本線」ではなく、石山と坂本とを結ぶ「いしやま・さかもと線」である。
 小型車両の2両編成が往復する軌道線で、浜大津駅付近では路面も走る。

膳所本町駅

 浜大津付近は以前に来たことがあるので、今回はそのときに気になった膳所本町(ぜぜほんまち)駅あたりを散歩することにした。
 膳所本町は、東海道本線の膳所駅に近い京阪膳所駅から2つ目。
 本町というくらいだから、古い町並みが残っているだろうと勝手に想像したわけである。

 で、行ってみてびっくり。
 不勉強にも、ここに旧東海道が通っていたことを知らなかった。
 春雨の降るなか、昔をしのばせる狭い道と、その両側のところどころに建つ古い家々は、なかなか味わい深いものだった。

膳所の看板

 それにしても、この写真の「魚釣道具 結納」とは、なんなのだろうか?
 結納というものをもらったことも贈ったこともないので、魚釣り道具とどういう関係があるのか、私にはわからない。
 それとも、単に両方を扱っているということだけなのか。謎である。
 まあ、ひたすら足を使って歩き回り、不思議なものを見ては頭をひねるのが、旅の楽しさでもある。

膳所の町並み

 下の写真は味噌屋。
「山」を示す「八」の下に、「糀」という字をあしらった商標がゆかしい。

2008-04-16

彦根の町並み

 彦根の食べ物を紹介したのだから、町並みも紹介しないわけにはいかないだろう。
 彦根の町並みというと、最近は本町あたりが整備され、観光客にも人気のようだ。
 へそ曲がりな身としては、それを避けて、古い家並みが風前の灯火となっている立花町あたりをうろついてみた。

近江同盟新聞社

 上の写真は、彦根の地元紙である近江同盟新聞社。
 なんといってもネーミングが魅力的である。
 ほかにもいろいろと写真を撮ったが、似たような風景ばかりなので、これ1枚にしておく。

 その代わりといってはなんだが、以前、彦根に立ち寄ったときの写真から1枚を貼っておこう。

1992年の本町界隈

 1992年に撮ったもので、前後の写真から推測するに、本町1丁目あたりではないかと思う。
 手前は「毎日新聞彦根専売所」、次の家には「平和薬舗」という看板が掛かっている。その奥が旅館「やりや」。それなりの格式ある旅館だったようだが、1996年に廃業したそうだ。
 このあたりの町並み整備事業が完了したのは、1999年のことだという。

2008-04-09

彦根:琵琶湖の幸を堪能

 先週、仕事で関西へ行ったついでに、桜が七分咲きの京都に泊まってきた。
 金曜の夜は宿がとれたのだが、土曜日はどこも満室。やはり、花見目当ての客が多いのか。

 大阪、神戸は今年すでに泊まったので、今回は滋賀県内で宿を物色。まだ泊まったことのない町で、かつ東海道本線上にあるという条件で探した結果、彦根にホテルをとることができた。
 着いたときにはすでに日は沈んでいた。一休みしてから町を一周。鼻を懸命に利かせて晩飯の場所を探した。
 そして、見つけたのが海の幸、湖の幸を中心とした「大名」という寿司屋。

もろこ

 カウンターに座り、一通り酒とつまみを注文してから、気になったのが「もろこ」という札。
 聞くと、琵琶湖に昔からいる魚だという。ブラックバスやブルーギルが増えたために食われてしまい、数が少なくなってしまったという。そういえば、そんなニュースを聞いたっけ。

 昔はいくらでもとれたので捨てていたくらいだというが、今じゃ高級魚になって、京都の料亭なんかでは、べらぼうな値段がつくという。
 この5匹で1200円。ホントに小さな魚だが、焼いて塩をちょっびりつけて食べると、淡白な白身が驚くほど上品でウマかった。淡水魚の概念を変える一瞬であった。

「高級」鮒ずし

 そして、例によって次々と注文を繰り広げる私。
 やがて、店主や地元客とも打ち解けて、高校野球の滋賀県代表は昔にくらべて強くなっただの、琵琶湖の魚が減っただのと話題もつきない。

 そこで、さっきから気になっていたことを、思い切って尋ねてみた。
「ここは鮒ずしはあるの?」
「おお、あるよ!」
 店主は「得たり」とばかりに返事をする。「通好みで酸っぱいのと高級で食べやすいののどっちにする?」
「うーん、食べやすいほうにするかなあ」
 上の写真がそれである。これで3000円以上するが、清水の舞台から琵琶湖に飛び込む(ちょっと遠いか)つもりで注文した。
 ちなみに、酸っぱいほうは、その半額ほど。

 これが生まれて2回目の鮒ずし体験。しかも、今回は本場である。
「う、うまい!」
 妻には、「納豆が食べられなくて、なんで臭いチーズや鮒ずしが食べられるの?」とあきれられるが、欲望のおもむくままに食うとそうなるのだから、しかたがない。

鮒ずし「通好み」

「地元じゃ、鮒ずしが3切れもあれば、酒一升飲めるって言うんだよ」
 そうでしょう、そうでしょう。この発酵具合は、まさに酒の肴に最高である。
 品書きに載っていなかったのは、知らない旅行者が普通の寿司と間違えて注文するといけないからかもね。
 
 鮒ずしの残りが少なくなると、私の頭にある思いがよぎった。
「通好みの酸っぱいほうの鮒ずしも食いたい! でも、鮒ずしにそこまで金を使うのもなあ……」
 すると、店主はその考えを読み切ったかのように、
「これも一口どう?」と、私と常連のおじさんに、その通好みを2切れずつ出してくれた。
 それが下のほうの写真である。
 皿の下部に置かれた白色の塊は、けっして大根おろしではなく、かつては米だったものが乳酸発酵して酸っぱくなった物体である。もちろん、これも食う。
 ああ、今これを書いているだけで唾液が出てきて止まらない。
 至福のひとときであった。

2008-04-03

『国鉄風景の30年』

 自著の宣伝です (^^;;
 とうとう復刊しました。『国鉄風景の30年』。「写真でくらべる昭和と今」という副題が付いているように、私が学生時代に撮りだめていた鉄道風景の場面を再訪し、できるだけ同じアングルで撮影して比較したものです。
 いわゆる定点写真というやつ。

表紙

 じつは、昨年11月末に山海堂という出版社から発売されたのですが、なんとその版元が12月3日に倒産、そのまま解散してしまいました。
 この出版社にはそれまで4冊ほど鉄道関係の本を出してお世話になっていたので、非常に残念なことです。

 その後、おかげさまで縁あって、今回の技報堂出版からの復刊(再版)となりました。

 しかし、昔をしのぶ内容も去ることながら、刊行直後に版元倒産というドラマ(?)がウケたのか、1月11日(覚えやすいゾロ目の日)の日本経済新聞朝刊には、なんと文化面にデカデカと顔写真入りで紹介され、信じられないほどの大きな反響を受けました。

 その後、週刊朝日2月22日号(これもゾロ目の日付)のグラビアにも7ページにわたってカラーで紹介され、「ああ、いま手元に本があれば、ヒジョーに売れるのに」と、切り干し沢庵ならぬ切歯扼腕しておりました。

 まあ、そんな内輪の話はともかく、お手にとってごらんくだされば幸いです。
 日本全国をまわっていますので、「うちの近くの駅だ」「故郷のそばだ」ということがあるかと思います。
 なお表紙に見えるのは、左側が清水港線(いまは廃止)の三保駅(静岡県)、右側が筑豊本線鯰田駅(福岡県)の今昔です。

(発行:技報堂出版、著者:二村高史、定価:1600円+税、初版発行:2008年3月25日、ISBN978-4-7655-4458-0)
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