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著書

  • 『ひたすら眺めていたシベリア鉄道』(私家版)
  • 『日本懐かし駅舎大全』(辰巳出版)
  • 『鉄道黄金時代 1970s──ディスカバージャパン・メモリーズ』(日経BP社)
  • 『国鉄風景の30年―写真で比べる昭和と今』(技報堂出版)
  • 『全国フシギ乗り物ツアー』(山海堂)

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2007-12-06

コンパクトバロックシティ・ノート

 シークリから帰り、モーディカ・バッサからモーディカ・アルタまでの坂道と階段を嫌というほど歩き回った翌日、12月4日はノートに向かった。
 ノートは、ラグーザやモーディカ以上に、バロック建築の粋を集めてつくられた町として知られている。17世紀にこの地域を襲った大地震で壊滅した後に、新しくつくられたという。
 それにしても、このあたりの町は、本当に地震の教訓を得て少しは耐震構造にしてあるのか、やや疑問に思うきょうこのごろである。

聖フランチェスコ教会

 それはさておき、モーディカから約1時間半をかけてやってきたノートの町は、こじんまりとしていて、今風にいえばコンパクトシティであるが、その中心部には当時の流行であった装飾過剰に近いバロック建築が集中している。
 町の中心にあるドゥオーモは、モーディカのホテルのインテリ兄さん(マルチェロ・マストロヤンニに似ているおじさんではない人)によると、約10年にわたる修復作業が終わってきれいになったのだという。
 私が訪れたときは、ちょうどその教会で結婚式が行われている最中であった。
 ちなみに、上の写真はドゥオーモではなくて、聖フランチェスコ教会。

ノートのネコ

 丘上都市好きにしてはちょっと物足りないところもあるが、コンパクトに見どころがまとまっている町としてノートは訪れる価値があるといえよう。
 でも、やはりノートは田舎の町であって、泊まるならやっぱりモーディカだろうなあ。

「カフェ・シチリアにはいらっしゃらなかったんですか?」
 そう聞かれたのは、翌日の夜のこと。モーディカ・アルタのレストランで働いている日本人青年N氏からである。
 どうやら、訪ねる価値のある店だったらしい。まあ、これも宿題にしておこう。全部やりつくすと、もう来る意味がなくなるからね。

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コメント

うーん、真夏はかなり暑そうですね。
12月だったけれど、日なたはずいぶんな暑さでしたからね。
一通り修復も終わったので、そろそろリベンジはいかがでしょうか?

私は真夏(7月)に訪問したのですが、失敗だったと思っています。しゃれにならない暑さの中、“これでもかバロック”の町並みに、フラフラになりながら、適当なバールに倒れこんだのを覚えています。
「カフェ・シチリア」、パラディーソな場所なのでしょうね。
バロック好きな私としては、涼しい季節にリベンジしたいです。

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