« コンパクトバロックシティ・ノート | トップページ | シチリア富士・エトナ山 »

2007-12-07

小さな丘上都市・キアラモンテ・グルフィ

 モーディカには2泊のつもりだったが、どうにも居心地がいいので4泊もしてしまった。ローマまで陸路で移動することもあきらめて、帰りはカターニャからローマまでの飛行機も予約した。ちなみに、この区間は競争が激しいらしく、早朝の便ならば意外に安く入手できる。

 さて、ラグーザ、モーディカ、シークリ、ノートとくれば、バロック都市めぐりとして、残りはコーミゾとヴィットーリアとなるところだが、ここで生来のへそ曲がり根性が出た。
--日本のガイドブックに出ていない町に行かなくちゃ。

キアラモンテ・グルフィ

 というわけで、5日はラグーザの北方20キロほどのところにあるキアラモンテ・グルフィ(Chiaramonte Gulfi 以下キアラモンテ)を目指した。
 キアラモンテとは、澄んだ山、清い山というイメージか。さしずめ清澄山というところだが、これじゃ千葉県になってしまう。

 それにしても、長距離バスの正確さにくらべて、近距離バスはかなりルーズである。レストランの日本人の方によれば、市内バスはもっといいかげんなのだそうだ。
モーディカ発ラグーザ行きは、所要時間が30分なのに出発が30分も遅れたものだから、とうぜん接続便は発車済み。
 しかたがないので、次のバスまでの2時間を、再びラグーザ見物にあてた。この日はかんかん快晴だったので、いい写真が撮れたということで、これでいいのだ。

キアラモンテ・グルフィの門

 結局、午後の学校帰りの騒々しいガキ満載のバスでキアラモンテ着。ここはこぢんまりとした丘上都市である。
 まもなく昼休みなので、小さな広場に面したバールであわててパンを食らい込み尋ねた。
「ドゥオーモ広場ってどこ?」
 40歳くらいの人のよさそうな恰幅のいい店主は、欠けた前歯を見せながら笑って答えた。
「ここだよ」
 言われてよく見ると、確かに小さな広場の奥に教会があったが、正面が修復中であった。

 バールのトイレを借りようとすると、親切にも近くのおじさんが案内してくれた。
 トイレのある隣室に入ると、驚いたことに広い部屋には20人くらいの親父軍団が集結して、新聞を読んだり、ポーカーをしたりしているではないか。
 ここは町の親父の社交場であった。

 で、町の見物はというと、町自体が小さいことと、山の上で吹きっさらしの風が寒いのとで、1時間ちょっとの滞在時間で早々に退散することにした。

« コンパクトバロックシティ・ノート | トップページ | シチリア富士・エトナ山 »

イタリアの旅 北から南まで」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« コンパクトバロックシティ・ノート | トップページ | シチリア富士・エトナ山 »

著書

  • 社会人に絶対必要な語彙力が身につく本[ペンネーム](だいわ文庫)
  • 『ようこそシベリア鉄道へ』(天夢人)
  • 『定点写真でめぐる東京と日本の町並み』(青春出版社)
  • 『日本懐かし駅舎大全』(辰巳出版)
  • 『鉄道黄金時代 1970s──ディスカバージャパン・メモリーズ』(日経BP社)
  • 『国鉄風景の30年―写真で比べる昭和と今』(技報堂出版)
  • 『全国フシギ乗り物ツアー』(山海堂)
無料ブログはココログ

.