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2007年6月の4件の記事

2007-06-27

どこか懐かしい町・上諏訪

 新宿を発車した中央線の特急が高尾を過ぎると、その車窓は一変する。
 奥武蔵の山と渓谷、甲府盆地を見渡すパノラマ、八ヶ岳や甲斐駒ヶ岳が見える雄大な風景、そしてその間に現れる小さな町々。ずっと見ていても飽きない車窓である。

 ところが、小淵沢を過ぎて少しすると、突然東京の私鉄沿線のような雑然とした町が現れる。線路脇にぎっしりと立ち並ぶ民家、踏切が開くのを待つ人びと、賑わっているんだか寂れているんだかわからない商店街……。
 そんな風景が現れたら、まもなく上諏訪駅である。

上諏訪駅前

 どう見たって「信州」のイメージからほど遠い車窓なのだが、以前から、この町にはいたく興味をそそられていた。
 もちろん、温泉につかって諏訪湖や諏訪大社を訪ねるのもいいのだが、まずは駅前の商店街や民家をじっくりと見たかったのである。

 そんな機会にようやく恵まれたのは6月上旬のこと。小海線沿線での仕事を終えると、高原の山荘に泊まることもせず、わざわざこの町にやってきた私である。もっとも、仕事といっても自腹取材の一人旅。そもそも取材というにもおこがましい旅だから、どこで泊まろうと誰に文句を言われる筋合いもない。

朝の駅前商店街

 まあ、そんなことで初めて降りた上諏訪駅だが、最初の写真のように駅前がいい。こぢんまりとした駅構内を抜けると、狭苦しい駅前広場には客待ちのタクシーが並ぶ。そして、広場を越えると、これまた主要駅の駅前にしてはやけに狭い道が走っている。
 何十年か前にはどこでも見ることのできた「正しい駅前」だ。

駅前通り

 駅前通りを歩いていくと、魅力的な商家が次々に目の前に現れる。低層の家が建ち並ぶ商店街には、土蔵造り、看板建築あり、アールデコ調ありと楽しさいっぱいである。
 町並みで有名なところとは違って、圧倒的に立派な建物があるわけではないが、まるで時間の止まったような、どこか懐かしい家並みにしばし魅了された私であった。
「降りてよかった」

 ちなみに、写真の中でシャッターの閉まった店が多いのは、翌朝早くに写真を撮ったからである。なかには、本当に営業していない店もあるだろうが。

2007-06-07

野口英世と塔のへつり

 二岐温泉からの帰りは、また村営バスで新白河まで戻るのも芸がない。
 地図で見ると、新白河よりも会津の谷に行くほうが近いということを知り、タクシーを呼ぶことにした。

 そして、第三セクターの会津鉄道(旧・国鉄会津線)の湯野上温泉駅を経由して、いまや一大観光地となってしまった大内宿を見物。
 大内宿は、何十年も前から存在を知っていたものの、駅からのバスの便がないということで、貧乏学生であった私は二の足を踏んでいた地である。タクシーで行くか、1時間以上かけて歩いていくしかなかったのだ。
 もし、そのときに行っていれば、素朴な宿場町が見られたものを……。逡巡している間に、観光バスが乗り付ける俗っぽい観光地となってしまったわけだ。まあ、それはそれなりに楽しめるんだけどね。

野口英世のラッピング車両

 それはさておき、会津地域はこのところ野口英世で町おこし、村おこしをしようという意気込みらしい。会津若松に行っても野口英世が青年時代に通った道がどこだの、初恋の人の家がそこだのと、観光案内図に書かれている。
 まったく有名人はつらいものだ。ブライバシーも何もあったものじゃない。
 ところで、以前は野口英世というと聖人君子のように思われていたが、最近では金にも女にもルーズだったという実像が伝えられている。もっとも、そのほうがよっぽど人間臭くて親しみが持てるけど。

 会津鉄道で見たのが、上の野口英世のラッピング列車。踏切の向こうからあいさつされたようで、ちょっと笑ってしまう。

会津鉄道のトロッコ列車

 大内宿のあとは、只見川沿いの渓谷「塔のへつり」までタクシーで運んでもらった。
 ここは、川に沿って大きな岩がいくつも、塔のように立ち並んでいる名勝である。
 それにしても、「塔」はわかるのだが、なぜ「へつり」なのか。中学生時代から、時刻表に記された駅名を見るたびに疑問に思っていた。
「運転手さん、へつりってどういう意味?」
「ほら、川の水の力で岩の面が平らになってるべ。これを、こっちの言葉じゃ”へつる”っていうわけ。岩が”へつられて”塔のように見えるから、塔のへつりっていうわけさ」

 数秒の熟考の末、私は納得した。
「あ、”へつる”って、”削る”ことなんだ!」
 いくつになっても、新しいことを知るというのは楽しい経験である。

2007-06-06

二岐温泉

 かなり南東北づいてしまったか、奥会津から1週間後、今度は二岐(ふたまた)温泉に向かった。
 前週は仕事を兼ねていたのだが、今回は完全なプライベート。いわゆる家族サービスである。
 目指す二岐温泉は、福島県にある秘湯の1つで、東北新幹線の新白河駅から村営バス(予約制)で1時間20分もかかる。まあ、そのうちの20分は、途中の売店での休憩を含めた時間であるが。

二岐温泉

 村営バスというから、小さなマイクロバスを想像していたら、新しい大型バスが待っていたので驚いた。もっとも、これも週末だからだろう。終点の近くには、少客時用と思われるマイクロバスが止まっていた。

 二岐温泉の湯は無色透明で、それほどくせがないものの、ゆったりと体の芯まで温まった。
 温泉といっても周囲には歓楽街どころか人家もなく、数件の温泉宿が散在しているだけ。
 泊まった大丸あすなろ荘は、こんな辺鄙なところにと思われるほど、しっかりとした造りで、料理もうまかった。いのしし鍋もまた格別。
 そりゃあ、伊豆や箱根の温泉宿にくらべれば見劣りはするかもしれないが、なにしろこんな山の中である。満点をつけてあげてもいい。

二岐温泉の露天風呂

 名物の露天風呂は、上の写真にあるように、まさに渓流の脇にある。手前に湯がはってあるところと、右奥の丸いところが温泉。後ろが川である。
 宿の人の接客もよかったが、印象に残ったのは宿泊客。夕食はみな同じ部屋でとるのだが、酒を飲んで大声を出す人もなく、みな静かに、しかし満足そうな顔で食事をとり、語り合っているのだった。

「静かでいいねえ」と私。しかし、こんなところまできて、テレビにかじりつく妻である。
「だっていつも帰りが遅いから、この時間の番組を見られないんだもん」
 ふとんに横になり、テレビを見ながら、こううそぶくのである。

2007-06-05

磐越西線の車窓

 国鉄時代の三大車窓というと、北海道の狩勝峠、長野の姨捨、九州の大畑と言われていたが、それ以外にも素晴らしい車窓はいくらでもある、と思う。
 磐越西線が阿賀野川に沿って走る風景も、その一つだ--といっても、高校生のときに乗ったきりだから、もう30年以上も前のことである。

喜多方付近の農村風景

 福島県と新潟県の県境あたり、人家のまるでない渓谷を、列車はただひたすら走る--というのが当時の印象であった。はたしていま見たらどんなものか。
 まあ、そんな期待と不安を持って、会津若松から磐越西線で新潟に向かったのである。もちろん、東京に帰るには郡山経由のほうが断然早いが、時間がたっぷりあったので、わざわざ新潟経由にしたのだ。

 喜多方を過ぎるとぐっと乗客は減り、しかも蒸し暑い日だったので、堂々と窓を開けて外の風景を撮る条件に恵まれた。

阿賀野川

 そんなわけで、走っている列車の窓から撮ったのが、今回の3枚の写真である。
 それなりのスピードを出している割には、我ながらよく撮れたと自画自賛。

 記憶では、もっと長い時間、いやというほど阿賀野川に沿って走っていたはずなのだが、まあ記憶なんてそんなもんだろう。
 それに、車両の性能がよくなって、スピードアップしたはずだからね。
 で、感想はというと、前日に只見線の車窓で感激したせいか、それとも期待が大きすぎたせいか、大感激というところまではいかなかった。
 でも、十分に美しい景色を味わえたことは確かである。

車窓から見えた集落

 そして何よりも、窓の開く列車に乗れたということが、今回の収穫である。
 そう、窓が開かなくては、こんな写真も撮れないし、その土地の風を味わうこともできないしね。

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