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著書

  • 『ひたすら眺めていたシベリア鉄道』(私家版)
  • 『日本懐かし駅舎大全』(辰巳出版)
  • 『鉄道黄金時代 1970s──ディスカバージャパン・メモリーズ』(日経BP社)
  • 『国鉄風景の30年―写真で比べる昭和と今』(技報堂出版)
  • 『全国フシギ乗り物ツアー』(山海堂)

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2007-05-31

奥会津の春・会津水沼駅まで歩く

 会津中川の駅を出て、しばらくの間は次々に集落が目の前に現れる。
 どこも田植えの直後か直前で、田んぼにはたっぷりと水が張ってあり、背景の若葉とあいまって、まさに「日本の正しい田舎」である。
 やがて、左手にダムの堰堤が見えてくると、上田の集落。ここを越えると風景は一変した。それまでの穏やかな田園風景と打って変わって、峠越えの道となったのである。

上田集落

 まあ、峠越えといっても坂道自体はたいしたことはなかった。ただ、歩道が狭くなったり、なくなったりして、ちょっと車が恐かったけれど。
 雪崩除けと思しきトンネルを2つほど抜けたところで、前方の丘の中腹に水沼集落が見えてきた。元気だったら急坂をのぼっていくところだが、暑いし疲れたのでやめた。
 駅は川を渡った対岸にある。岸辺には、見事な藤の花が咲いていた。

水沼集落と藤の花

 まさに、この季節、会津は藤の花盛りだった。藤の花というと、藤棚からぶら下がったものばかり見慣れているので、大木全体が藤の花で彩られている様子は新鮮な驚きであった。
 もっとも、大木そのものに藤の花が咲いているのではなくて、大木が藤の蔓にからまれているわけで、からまれたほうは気の毒である。

会津水沼駅

 会津水沼駅もまた、緑に囲まれたホーム1本の無人駅だった。
 これで奥会津の散歩は終わり。この列車に乗り、会津若松まで戻った私である。

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