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2006-12-12

優雅な山岳都市サント・ステーファノ・ディ・セッサーニオ

 三菱製の四輪駆動車のドアが開き、50代なかばと思しきイタリア紳士が顔を出した。
「大丈夫か? 乗っていくか? どこまで行くんだい?」
 みっともない尻餅を見られた私は、恥じらいに顔を赤めながらも、しっかりと隣町の名前を告げた。
「ありがとう! すいません! カラッショ(Calascio)まで! ありがとう!」

 カステル・デル・モンテから目的地のサント・ステーファノ・ディ・セッサーニオ(S.Stefano di Sessanio)までは約8キロ。カラッショはその中間にある小さな町であった。
 実は、私が尻餅をついた地点からカラッショまでは、ゆるやかな上り坂になっていた。風景も茫漠としていて変化がない。行きのバスの車窓から見て、「ここを歩くのは嫌だなあ」と思っていた区間なのである。
 そこを乗せてくれるというのだから、ラッキーというほかはない。揚げ餅は食うもの、尻餅はつくものである。

サント・ステーファノ・ディ・セッサーニオの遠景

「サント・ステーファノまで歩いてバスに乗るんだって? そうか、僕はカラッショから別の道を行くからちょうどよかった」
 彼は、車関係の仕事で、週に2、3回ほど、カステル・デル・モンテにやってくるのだという。

「この車は日本製なんですね。三菱の」
 抜け目のない私は、さりげなく話題を振る。
「おお、あんたは日本人か。……ほらこれ」
 彼は、ポケットの中から携帯電話を取り出した。
「ソニー製だ。日本人はいい仕事をするよね。うちのカメラももちろん日本製だよ」

「あ、ちょっと停まって。ここからカステル・デル・モンテの町の写真を撮りたいから」
 乗せてもらっていながら、図々しい私である。だが、このチャンスを逃したら、二度と撮れないかもしれない。重ねてお礼のことばを述べつつシャッターを押す。

「このあたりはね」と、彼は広々とした野原を指さす。「昔、サラセンとの戦いがあった場所なんだ。だから、みんなはそれを避けて、あんな山の上に住むようになったんだよ」
「へえー、こんなところまでねえ」
 言われてみると、ひと気のない背後の丘の入口に「戦いの丘」と書かれた道標が建てられ、丘の上には小さなベンチが見えた。

海抜1000メートルを越えるサント・ステーファノで暮らすネコ

 カラッショの町の入口にある分かれ道で、私は車を降りた。
「サント・ステーファノは、この町中をずっと突っ切って行けばいいから。じゃあね」

 カラッショは、山の斜面にへばりついたような小さな村である。昼過ぎということもあってか人通りはなく、空き地にたむろしているネコだけが不審そうな顔で迎えてくれた。
 実は、カラッショの背後にある山の頂き付近には、ロッカ・カラッショと呼ばれる廃墟があり、古い城砦と十数軒(?)ほどの民家が残っている。
 町の中からも首が痛くなるほど見上げれば、その様子がちらりと見える。車道が通じているので、歩いて行こうと思えば行けないことはないのだが、なにしろ高低差がかなりあるので、行って帰るだけで40分ほどはかかりそうだ。
 帰りのバスの時刻が心配なので、泣く泣く登頂を断念した。次回への宿題がまた増えた。

 カラッショからサント・ステーファノ・ディ・セッサーニオまでは、山腹につけられたゆるやかな下り坂を降りていくだけ。空にはほとんど雲がなく、高原の涼やかな風が吹き抜ける。実にいいハイキング日和であった。
 サント・ステーファノの町が見えてきたところで、私を追い越していった車が、10メートルほど先で停まった。
「乗っていく?」
 こんどの車には50歳前後の夫婦が乗っていた。
「ありがとうございます。でも、あそこに行くもんで」
 と私は行く手に見える山岳都市を指さす。
「ああ、もうほとんど着いているんだね。じゃあ」
 いやいや、どこまでも親切な人たちである。アブルッツォがますます好きになってしまった単純な私であった。

塔の上からの眺め。左の山の中腹に見える道を歩いてきた

 サント・ステーファノ・ディ・セッサーニオは人口128人という小さな村で、その中心にはチェスの駒にあるような、絵に描いたような円筒形の塔がそびえている。
 どうも、ここは典型的な城砦の町として、ごく一部では有名らしい。なんと、ドイツ人のグループが路線バスでやってきていた。カステル・デル・モンテで折り返して、私が乗っていくはずのバスである。

 今回も最後の最後で心ゆくまで歩いた。まあ、ラークイラの周辺にはたくさん宿題を残してしまったが、またそのうちに来るとするか。ユーロがもう少し安くなったらね--城のてっぺんでしみじみと今回の旅を思い出す私であった。
「さあ、明日はいよいよローマだ」

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コメント

conigliaさん
「こにっりゃ」は女性形だから「雌うさぎ」ですか (^^;;
メインのホームページ
http://dagashi.org
にも、「イタリア町めぐり」「イタリア無駄話(ちょっと古いネタばかりですが)」や掲示板がありますから、遊びにきてくださいね。
よろしく!

ありがとうございます!!

これからまたじっくり拝見させて
いただきますね。
更新も楽しみにしています♪

conigliaさん、こんばんは
そちらは「こんにちは」でしょうか?
アブルッツォにお住まいなんですね。私が行くのはもっぱら南イタリアなんですが、おととしアブルッツォに行って、その魅力を知りました。
いい町がたくさんありますね。

ブログ、拝見しました。もちろん、リンクOKです(インターネットはすべてリンクフリーというのが、私の意見ですので)。
私のブログからも、conigliaさんのところにリンクしておきますね。
それでは、今後ともよろしくお願いいたします。

連投すみません・・・
イタリア旅行記、とても面白くて
拝見させていただいてしまいました。^^;
もしよろしければリンクを貼らせて
いただけませんか?
よろしくオネガイします!!

rocca calascioで検索して辿り着きました。
現在アブルッツォ在住の日本人です。^^
先日その城に行ってきました!記事にもあげてますが
素晴らしいところです。
是非是非またアブルッツォにいらしてくださいね!!
他にもたくさん素晴らしいところがありますヨ。

>最後はここからも撮れとか強制され、もうヘトヘト(^^;;
相手が親切で言ってくれるだけに、たちが悪いというやつですね。
Monte camiciaとはよく名付けたものですよね。
「だって、シャツを着ているみたいに見えるだろう」と、三菱製の四駆のおじさんは言っていましたっけ。

そうです。宿で親しくなった人がこの辺のエキスパートで、翌日べったり案内してくれて。でも風景を撮るのに車を停めてくれるのはいいのですが、最後はここからも撮れとか強制され、もうヘトヘト(^^;;
Monte camiciaもいい山ですよね。翌日からは反対側へ移動してPiccoloをちょっとハイキングしました。遭難しそうでしたが(^^;

宿で「人面」を食らっていたのかと読んで、一瞬驚き (^^;;
「カンポ」とは、campo imperatoreのことでしょうか?
私は、遠くから山(Monte camiciaとか言っていた)を仰ぎ見るだけで終わってしまいました。

AQ4度目なんで、ここに2泊しました。9時前?だったか突撃したんで、宿の人面食らってた。だってこの宿の人朝パジャマで朝食サーブするんすもん(^^;;
10年来の念願のカンポに行けたのが最高の思いでです(車にのっけてくれた人は計3組。アブルッツェーゼはほんと親切。バスの運転手も写真撮るためにバス停めてくれましたし)

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著書

  • 社会人に絶対必要な語彙力が身につく本[ペンネーム](だいわ文庫)
  • 『ようこそシベリア鉄道へ』(天夢人)
  • 『定点写真でめぐる東京と日本の町並み』(青春出版社)
  • 『日本懐かし駅舎大全』(辰巳出版)
  • 『鉄道黄金時代 1970s──ディスカバージャパン・メモリーズ』(日経BP社)
  • 『国鉄風景の30年―写真で比べる昭和と今』(技報堂出版)
  • 『全国フシギ乗り物ツアー』(山海堂)
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