ラークイラに2泊することは決めたものの、どこを見てまわるか、朝になっても決まっていなかった。
そこで、朝食後にベッドの上に資料を広げて、頭をひねる。
まず、昨夜本屋で調達したアブルッツォの名所写真集を開き、めぼしい場所をチェック。手持ちのイタリア語のガイドブックで場所を確認する。
そして、候補を5か所ほどに絞り込んだ上で、さらに列車時刻表とバス時刻表をにらむこと30分。最終的に3コースに絞ることができた。
ちなみにバス時刻表というのは、バスターミナルに掲示してあった発車時刻と到着時刻の一覧を、デジカメで撮影してきたものである。
市外に出るすべてのバスが、主要な通過地と乗り場を含めて、始発から終バスまで一目でわかるから便利である。

「そういえば、去年行ったカラーブリア州 コゼンツァのバスターミナルじゃ、だだっ広い構内に、行き先表示も乗り場番号もなくて唖然としたっけ。ラークイラの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいものだ」
一人うなずく私であった。
さて、時計を見ると9時半。
「うむ、いますぐに出れば、この遠い町にも行けそうだ。でも、この山岳都市にも行ってみたいし……迷うところだなあ」
なんて思いつつ、ふと携帯電話の画面を見てびっくり。なんと、そこには「10:40」と表示されていたのである。
買って10数年たった旅行用目覚まし時計は、1時間以上も遅れていたのだ。前日までは正確な時刻を指していたのに。
もっとも、この旅に出る直前あたりから、秒針が文字盤の6を過ぎると、まるで息切れしたかのように一進一退を繰り返すという現象は起きていたのだが。
「どうりで、朝食のレストランが閑散としていたわけだ」
私は納得した。
バスや列車の時間からして、いやおうなく行き先は1つに絞られることなった。ラークイラの北方にあり、標高1000メートルほどのところにある町、カステル・デル・モンテ(Castel del Monte)という山岳都市である。
ここなら、11時30分発のバスがある。バスの便は1日5往復ほどあり、夕方に帰ってくることができる。
カステル・デル・モンテというと、世界遺産のあるプーリア州の同名の町を思い出す人も多いかもしれない。でも、そもそもが「山の城」といった意味だから、イタリアのあちこちに同じ名前の町があるのだ。
バスの乗客は、ラークイラを出た時点で30人ほどいたが、ぽつりぽつりと途中の町で下車。終点のカステル・デル・モンテまで乗り通したのは、私を含めて3人であった。
天気はほぼ快晴、後半はがけ上を走るスリル満点の山道を楽しむことができた。
カステル・デル・モンテは、国立公園グラン・サッソ山脈の山ふところに位置しており、ウィンタースポーツの拠点にもなっているそうな。南側から見た旧市街は実に見事な山岳都市だが、町の北側には、小さいけれども「こんな山の中に!?」と驚くほどの、ごくありふれた新市街が広がっていた。
例によって山岳都市の山頂を目指していると、「お兄さん、この道は行き止まりだよ。教会に行くのかい? それならそこの道を上っていくといいよ」とおばあさんが教えてくれる。
こんな狭い旧市街で道に迷えるのも、ちょっとした幸福である。

そういえば、新市街のバールに入ったときにも感じたのだが、もしここがカラーブリア州で、同じような山の中の小さな町だったら、突然やってきた東洋人に対して、よくも悪くも人びとは好奇心いっぱいの目を向けるところである。
だが、この町ではそんなことがないのだ。このあたりも、一応観光地だからなんだろう。
午後1時に出る折り返しのバスを見送ると、その次は午後3時過ぎである。
そこで予定どおり、バス道路をラークイラ方面に約8キロ戻り、途中にある山岳都市を2つ巡ることにする。
道はほぼ下り。道路は舗装されているので、少々急ぎ足で歩けば、十分にたどりつける計算である。
カステル・デル・モンテの町を出ると、すぐに急な下り坂になっており、そこを車道は何度かヘアピンカーブをきって下っている。
「時間がないんだから、そんな、まだるっこしい歩き方はしていられないぞ」
気の短い江戸っ子である私は、ヘアピンカーブをショートカットすることに決定。砂利だらけで灌木の生えている斜面を、勢いよく下っていったのである。
何度もバランスを崩しかけ、ショルダーバッグで来たことを恨みながら、ようやく最後のヘアピンカーブの頂点にたどりつく、その直前であった。
たいした斜面でもなかったのだが、砂利に足をとられてずるずるとすべり、とうとう尻もちをついてしまった。
めったに車が通らない道だというのに、ちょうどそこに1台の四輪駆動車がやってきた。もっと斜面が急だったら、そのまま勢いよく車道に飛び出して、この車に跳ねられていたかもしれない。
車は私の10メートルほど手前で停まった。
「うっ、見られた、恥ずかしい」
ちらりと車に目をやると、そのフロントパネルには、菱形を3つ組み合わせた見慣れたエンブレムがついていた。
(つづく)
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