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2006-11-10

カラーブリアの桃源郷・クロトーネ

 観光を期待してクロトーネに来た人のほとんどは、たぶんがっかりして帰るに違いない。
 旧市街はとくに古めかしいわけではなく、教会はけっして立派でもない。城砦からの眺めもたいしたことはなく、港は素朴でも派手でもない。

 でも、町の目ぼしい場所をめぐって、中心部にあるピタゴラス広場に戻ってきて驚いた。
 広場は大きな道路が何本も交差して、自家用車やバスが行き来している場所にあるのだが、その周囲におびただしい数の親父たちが繰り出しているのだ。
 それだけなら、ほかのイタリアの町でも見かけるのだが、ここの親父軍団は商店街を散歩するでもなく、大きな声で議論するでもなく、夕日に赤く染まった広場のあちこちで、少人数のグループを作って静かにたたずんでいるのである。
 なかには、バールのベンチに座っている親父たちもいるのだが、そのテーブルの上には当然のように何も乗っていない。

夕暮れのピタゴラス広場にて

 そんななかで、まるで異分子であるに違いない私であるが、誰もさして関心を示すわけでもない。まるで緊張感がなく、ikeさんの言う「ゆるい雰囲気」そのものであった。
 私は、歩道に寝そべる犬をまねて、その場に寝ころがりたくなったほどである。

 何の変哲もない、新しそうなバールに入り、スプレムータ・ディ・アランチャ(生オレンジジュース)を注文すると、「クロトーネはいいオレンジがとれないんだよ」と若い店主がすまなそうな顔で言う。代わりに勧めてくれた瓶入りのブルーベリージュースもなかなかウマく、その酸味が果物不足の体にしみわたった。
「何かクロトーネについて質問がない? 何でも答えるよ」
「うーん、じゃあローマ行きの飛行機の時刻を教えてくれる?」
「飛行機ねえ……、おお、こういうときこそインターネットだ」と彼。店の隅にあったパソコンで、日に2本の出発時刻を調べてくれた。

 次に、地図を買おうと本屋に入って驚いた。店を入ってすぐにカウンターがあり、3、4人ほどの店員が客の応対をしている。
 そう、ここは閉架式の書店なのである。欲しい本を客が言うと、店員が奥の棚から探して持ってきてくれるという古典的なシステムだ。20年前のイタリアの本屋は、ほとんどがこうだったっけと思い出した。
「地図は隣の店舗で扱っている」と言われ、そちらに行って注文をして待っていたところ、さっきの店員が客の応対の間をぬって、「大丈夫?」とわざわざ確かめに来てくれた。

 夕食は、ホテルの親父が推選してくれたレストラン、その名も「Nel Mio Ristorante(ネル・ミーオ・リストランテ)」でとることにした。「私のレストランで」という、ふざけた名前だ。
 行ってみると、レストランとは名ばかりで、テラスらしきスペースはあるのだが、どちらかというと、シーズンオフの海の家といった風情である。しかも、かなり狭い。
「いいか、クロトーネはイタリアで魚が一番ウマい町なんだ!」とホテルの親父が言ったので、前菜はムール貝、パスタの具は海の幸、メインはなんだか忘れたけど魚と魚介づくし。
 肝心の味であるが、店はボロかったが、味は実によろしかった。しかも値段は、店がボロいだけあって安かった。
 前日のシッラと合わせて、これでマルタの晩飯2日分の借りを返したことになる。

城壁の中に作られた(?)住居

 ところで、たまたま私が会った人たちがそうだったのかもしれないが、クロトーネの人たちは話し方から立ち居振る舞いまで、すべてが穏やかである。東洋人の旅行者なんて珍しいだろうが、露骨な好奇心も示されることない。実に居心地がよい町であった。
 こんな町ならば、長居をしてもいいなあと思う私。事情が許せば、1週間くらいはとどまっていたかもしれない。もし、帰国の日が迫っていなければ、そしてカラーブリア州に寒冷前線が迫っていなければ……。

 翌朝は、雨の中、早朝に出る列車で北に向かった。
 列車は市街地を出ると、しばらく人家のない原野を走る。町の南側も原野なら北側も原野なのだ。そんななかにぽつんとあるクロトーネは、まるで周囲から取り残されたような町のように感じられた。

「こんな原野の向こうに、時間の止まったような町があるなんて……」と、雨に濡れる車窓を見ながら感傷にふける私。
 クロトーネは、まるでイタリアの桃源郷である。
 いや、イタリアの桃源郷なんていうと、「あそこだって、ここだってそうだ」と文句をつけられそうだから、せいぜい「カラーブリアの桃源郷」くらいにしておこう。

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著書

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  • 社会人に絶対必要な語彙力が身につく本[ペンネーム](だいわ文庫)
  • 『ようこそシベリア鉄道へ』(天夢人)
  • 『定点写真でめぐる東京と日本の町並み』(青春出版社)
  • 『日本懐かし駅舎大全』(辰巳出版)
  • 『鉄道黄金時代 1970s──ディスカバージャパン・メモリーズ』(日経BP社)
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